コラム

「シリー・バンズ」ブーム爆発、「日本化」するアメリカの子供たち

2010年05月28日(金)12時32分

 今年に入ってジワジワと人気が拡大していた「シリー・バンズ(Silly Bandz)」という文房具は、この5月に入って全米の子供たちの間で人気が爆発し、一種の社会問題になっています。この文房具(というよりオモチャ)ですが、一言で言えば「輪ゴム(ラバー・バンド)」です。輪ゴムにカラフルな色をつけ、シリコンで固めに(形状記憶風に)作っておいて、それにキャラクターや文字、シンボルといったデザインを施したものです。

 遊び方の基本は、カラフルな「シリー・バンズ」をブレスレットのように腕にはめてファッションにする、そして時に応じて机の上に広げてデザインを楽しむというものです。アルファベットのものであれば、並べて何らかの言葉なり文を作って遊ぶことになりますし、動物や楽器、食べ物などのデザインならば、同じ種類で異なるデザインのものを並べるのも楽しいというわけです。特に、大きな要素は「コレクション」で、友達と競うようにして色々な種類のものを集めるのがブームになっているのです。

 特にこの5月に入ってからは、全米の小学校などでは「勉強に集中できない」「友達同士で取り合いになってケンカになる」などの理由から校内持ち込み禁止にするような動きもあり、一方で、どうしても欲しいという子供のために、必死になって探し回る親の姿もあるようです。今週になって全米で色々な報道が出始めたので、まだ情報が錯綜していますが、ニュージャージーやアラバマが流行という面では先行しており、現在はテキサスとカリフォルニアに急速に火がついている、正に現在進行形の流行です。

 ちなみに、この「シリー・バンズ」の原型は、日本のものです。朝日新聞(電子版)によれば、東京・浅草橋のデザイン工房アッシュコンセプトという会社が考案した商品で、2002年からニューヨーク近代美術館(MoMA)で販売されたのが発端だそうです。ただ、同社は米国では意匠登録をしていないので、現在大量に出回っているのは中国製などのようです。

 ルーツが日本だというだけでなく、私はこの「シリー・バンズ」の流行には日本的なものを強く感じます。ポケモンカード、遊戯王カードなどの「収集」ブームに似ているという点がまずあり、男女を越えて流行している点も、どちらかといえば日本の「たまごっちブーム」などに似ています。それ以上に、文房具の延長に遊びの要素を入れたために「暇つぶしのために学校に持ち込む」というカルチャーには、従来のアメリカの学校文化が崩れつつあるのを感じます。

 教師が徹底したコミュニケーションの訓練と教師としての権威を背景にして、それに各学年の指導のプロとして児童心理なども研究して「学級運営」を行う、アメリカの小学校にはそうした文化が残っています。ですが、それでも現在の子供たちには学校は退屈であり、授業中に「さぼる」ためにこうした「文具の延長のオモチャ」を持ち込みたいという流れになる、ここには「アメリカの教育が日本化している」という問題があるように思います。

 発見や創造よりも、記憶や訓練、そして早期からの競争という、従来のアメリカの小学校には欠けていた要素が入ってきたのは、他でもない「80年代の日米構造協議」で日本の外交官たちが、アメリカに対して「君たちの教育は間違っているから膨大な中間層が育たない」と胸を張ったのに対して、アメリカがクリントンの教育改革などを通じて無骨にその日本のアドバイスを実践したからです。その結果として、良い意味で小学校の授業が「イヤなことまでちゃんと訓練されるような」子供へのプレッシャーの場となり、中にはサボりたい子供が「輪ゴムのオモチャ」を持ち込みたくなる、そんな流れがあるのだと思います。

 もしかしたら、こうしたカルチャーはやがてアメリカのリーダーシップや創造性を蝕んでいくかもしれません。ですが、当面はオバマの言う「輸出型製造業の復権を」という政策にマッチした、そして80年代の日本が「お前たちには欠けている」と説教した「分厚い中間層」を育んでいくかもしれないと思います。日本のアイディアから生まれたオモチャが、そんなアメリカの子供たちのストレス解消になっているのは、とても納得できる現象だと思うのです。

 ただ、日本としてはこれは喜んでばかりはいられません。中間層の破壊に走り、しかも少子化で若年人口も破壊してしまった日本は、この一学年当たり300万から400万人という21世紀生まれのアメリカの子供たちが「訓練された中間層」として労働力化したときには、それこそ吹っ飛んでしまうでしょう。日本の雇用は今は中国やインドに奪われているのかもしれませんが、やがてアメリカとも激しい競争になっていくのだと思います。逆にその膨大な人口を「市場」として押さえてゆくには、意匠登録などの知財管理をしっかりすることも必要でしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は横ばい、米国の相互関税発表控え

ワールド

中国国有の東風汽車と長安汽車が経営統合協議=NYT

ワールド

米政権、「行政ミス」で移民送還 保護資格持つエルサ

ビジネス

AI導入企業、当初の混乱乗り切れば長期的な成功可能
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story