最新記事
シリーズ日本再発見

電柱を減らせば日本の魅力はさらに増す?

2017年01月30日(月)11時37分
長嶺超輝(ライター)

――公共空間に産廃を捨てられては、たしかに困りますね。

 たとえば騒音を出す工場があって、その近隣に後から引っ越してきた住民がいたとしても、この場合は、従来からあった工場のほうに騒音を出すことを正当化する権原(法律上の原因)があるといえます。工場の近くに引っ越してきた住民が、騒音を公害だと主張するのは筋が通りません。

 ただ、電柱の場合はどうでしょう。人々の居住空間に後になって電柱が割り込んできたと私は考えているので、これは公害だと思うのです。とはいえ、欧米諸国に早く追いつこうとする産業発展の途上段階では「ある程度の公害は我慢しよう」というのが日本社会の共通認識としてあって、それでずっと電柱公害も見過ごされてきたのではないでしょうか。

――日本人は電柱や電線のある街の風景に慣れてしまっているのでしょうか。

 子どもの頃からその環境が当たり前だと思っていれば、慣れるでしょうね。日本は明治時代から電柱に電線を架けることを前提とした街づくりを進めてきました。

 戦前に日本が管理していた旧植民地の中でも、当時「理想的な街」を作ろうとした満州では、電線を初めから地下に埋設しています。一方「日本的な街」が整備された朝鮮半島では、たくさんの電柱が立てられました。ただ、戦後に韓国が積極的に無電柱化を進めたことで、結果的に日本は追い越されたわけですね。

――欧米では最初から無電柱化を念頭に入れて街づくりをしてきたのでしょうか。

 ええ。ただし、国によって無電柱化の理由や背景が異なります。

 イギリスでは、ガス事業や水道事業と同じ競争条件、同等の敷設コストを電気事業にも課すため、電線を地下に埋めさせました。ガス管や水道管を空中に通すわけにはいかないので、電気事業との不公平感を取り除くという政策的な狙いです。

 被覆のない裸電線が多かったアメリカでは、感電事故が多く発生したので、無電柱化は事故防止の要請から行われました。

 欧米では、地上に露出した電柱や電線が「公害」と認識されているので、無電柱化のために要する費用は、電力会社や電信電話会社が負担します。水俣病公害のチッソと同じです。

 ただ、日本では、電線や通信網も経済発展に欠かせない公益性があり、重要な社会基盤だったと考えられていて、少なくとも国道については電線の埋設費用を政府が助成してきました。地中にスペースを確保するので、そこを通してくださいよと。

 無電柱化には費用がかかるという人がいるけれども、本来は税金を使う必要はないわけです。公害なんですから、その原因を作った当事者が負担すべきなのです。

昔ながらの景観確保を目指す京都・先斗町の試み

――長年の議論の末、昨年12月に公布ならびに施行された「無電柱化の推進に関する法律」について教えてください。

 具体的なことは何も書かれていないんです。「国の責務」「地方公共団体の責務」「関係事業者の責務」「国民の努力」を理念として定めていますが、誰かに何かを法的に義務づける内容ではありません。

 ただ、今後は国の費用負担で無電柱化を実施することはありません。幅員の広い国道や都道は、既に地下ケーブル用のスペースが確保されていますので、これ以上やることはないのです。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国IT大手、AI訓練を国外移転 エヌビディア半導

ビジネス

午後3時のドルは156円付近へ下落、米休暇前に調整

ビジネス

米ホワイトハウス付近で銃撃、州兵2人重体 容疑者は

ビジネス

JPモルガン、FRB利下げ予想12月に前倒し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中