コラム

スティグリッツ教授は、本当は安倍首相にどんな提言をしたのか?

2016年03月28日(月)15時39分

 ネットのインフラを使って既存のリソースを最適にシェアすることができれば、ビジネスに必要となる投資総額は減少する。何もしなければその分だけ需要がなくなり、GDP(国内総生産)が減少する可能性がある。これが本当なら、余ったリソースを新しいサービスの創造に転換するための仕組みが必要となるかもしれない。

 こうした事態にうまく対応するためには、産業構造を時代に合わせて変化させ、適切な水準の財政支出を維持する必要があるというのがスティグリッツ氏の主張である。消費増税に消極的な理由も、消費税は総需要を喚起するものではないからというのがその理由だ。

長期停滞論が本当なら日本はどうなる?

 一方、長期停滞論の原因として、需要不足よりも供給能力の低下だとする見方もある。十分なニーズがあるにもかかわらず、企業側がそれに合致する製品やサービスを開発しきれていないという考え方である。日本の電機メーカーが弱体化したのは、価値観が多様化する消費者の動向をうまくつかめなかったことが原因だという主張はよく耳にする。もしこれが本当なら、工夫次第でまだまだ消費は伸びるということになる。

 アベノミクスも基本的にはこうした考え方に立脚しており、当初、成長戦略は、持続的な成長を実現するための改革プログラムとして位置付けられた。安倍政権における政策アドバイザーの一人でもある、伊藤隆敏コロンビア大学教授は、長期停滞論を前提とした上で、労働市場における流動性を高めたり、規制緩和を実施するといった、いわゆる構造改革が必要と主張している。これらはすべて供給サイドの強化を狙った政策ということになる。

 いずれにせよ、世界経済が長期的な停滞フェーズに入っているとの指摘は、一定の範囲でコンセンサスが得られているように見える。これを前提にした場合、現在の日本経済はどう考えればよいのだろうか。

 先ほどのグラフを見ると、日本の実質GDPは1990年を境にすでに長期停滞フェーズに入っているように見える。失われた20年が存在しているのかについては、様々な議論があるが、少なくともGDPの成長トレンドを見る限り、日本経済はその姿を確実に変えたといってよい。

 もし、米国や欧州の経済が今後長期的な停滞フェーズに入るのだとすると、当然、日本もその影響を受けることになる。日本企業の多くは北米市場に依存しており、米国経済の停滞は日本企業の業績を直撃するだろう。そうなってくると、すでに停滞トレンドに入っている日本の成長率は、鈍化傾向をさらに強める可能性すら出てくることになる。

 実際、グラフを見ると、リーマンショック以降、傾きがさらに緩やかになっているようにも見える。もしスティグリッツ氏らの指摘が本当なら、消費増税の是非はもはや大した問題ではない。需要不足であれ、供給能力の低下であれ、もっと抜本的な対策を打たなければ、現状を維持することすら難しくなるかもしれない。経済学の世界的権威を招いたせっかくの会合だったが、こうした本質的な議論が聞こえてこないのは少々気にかかる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story