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アングル:米相互関税、ブラジルやインドに好機か 対米赤字を逆手に

2025年04月09日(水)16時35分

 4月8日、米政権の「相互関税」導入発表を受け、貿易相手国と世界の金融市場は激しい衝撃に見舞われている。写真は3日、シンガポールのタンジョンパガーのターミナルに陸揚げされた自動車(2025年 ロイター/Edgar Su)

[8日 ロイター] - 米政権の「相互関税」導入発表を受け、貿易相手国と世界の金融市場は激しい衝撃に見舞われている。トランプ大統領の猛攻は続いているものの、南米ブラジルやインドなど、ごく一部は恩恵を受ける可能性のある国として浮上しつつある。ただ、世界は景気後退のリスクに直面しており、恩恵は限定的になる見通しだ。

相互関税措置では、長年同盟関係にある欧州連合(EU)や日本、韓国などは重い関税率を課され打撃は深刻。一方で、ブラジルやインド、トルコ、ケニアは一筋の光明を見出している。

ブラジルの場合、相互関税率は最も低い10%。農業大国だけに追い風となっている。中国が対米報復関税を発動すると表明したことで、ブラジルの好敵手である米国の農産物輸出業者は、対中輸出で従来よりも厳しい条件に置かれるためだ。

トランプ氏の仕掛ける貿易戦争は全世界が対象だが、主要ターゲットは中国など対米貿易収支が黒字の国。このため、ブラジルなど赤字国は相互関税を逆手にとることができる。北アフリカのモロッコやエジプト、トルコ、シンガポールも同様だ。

「米国はエジプトだけに関税を課したわけではない」。こう話すのはエジプト・トルコ合弁企業T&Cガーメンツのマグディ・トルバ会長だ。「米国は他の国々にはるかに高い関税を課した。エジプトの成長に好機が到来した」と意気盛んだ。

トルバ会長は、エジプトの繊維産業の主要な好敵手として中国やバングラデシュ、ベトナムを挙げた。いずれも高い関税対象となった国だ。会長は「チャンスは目の前にある。我々はそれをつかみさえすればよい」と言い切った。

トルコの場合は、以前は鉄鋼とアルミニウムの対米輸出で重い関税を課され痛手を負ったが、今や恩恵を受ける立場にある。他の世界の貿易業者がトルコよりも高い関税にあえいでいるためだ。ボラト貿易相は、他の多くの国に課せられた関税を考慮すると、トルコ製品に対する関税は「一番ましだ」と述べた。

<マイナス要因も>

米国と自由貿易協定(FTA)を結んでいるモロッコも、EUや以前は勢いのあったアジアの主要輸出国と比較すれば有利になる可能性がある。

匿名を条件に語った元政府当局者の1人は「対モロッコ相互関税が比較的低い10%であることを考えると、対米輸出を図る外国資本をモロッコに引き付けるチャンスだ」と述べた。

ただ、マイナス要因も残っており、手放しでは喜べない。例えば中国による最近の対モロッコ大規模投資がトランプ氏の目に留まりかねないためだ。

さらに首都ラバトの独立系シンクタンクのエコノミストによると、自国の航空宇宙産業や肥料産業が打撃を受ける可能性は消えていない。

「米国はモロッコの輸出先として主要な市場ではないため、直接的な影響は限定的と思われるが、関税が引き起こす(世界への)衝撃波や景気後退の影がモロッコの経済成長に影響を及ぼす恐れがある」と語った。

アフリカ東部ケニアの場合、特に繊維メーカーは、関税の影響がより大きい国々の競合相手に対し比較優位を得られることを期待している。ただ、モロッコ同様に相互関税が逆風となる可能性がある。

<勝者がいない貿易戦争>

恩恵と損害の両面の影響を受けかねないとの見方はシンガポールでも広がっている。

同国株価指数のストレーツ・タイムズ指数(STI)は7日7.5%下落し、2008年以降で最大の下落を記録し、8日も値を下げた。

しかし、シンガポール金融大手オーバーシー・チャイニーズ・バンキング・コーポレーション(OCBC)のエコノミスト、セレナ・リン氏によると、製造業者が分散化を求めて投資資金の一部をシンガポールに振り向ける可能性がある。ただ、シンガポールは製造業規則や現地調達要件が厳しく、その影響は受ける見通しという。

リン氏は「米国または世界経済が完全に動きを止めたり、景気後退に陥ったりすれば、貿易戦争の『勝者』は皆無となる。全てが(他国と比べてみればどうか、という)相対的な話にすぎない」と突き放した。

インド製品は26%の関税が課されているが、アジアの競合国が受ける打撃よりはさらに深刻。そうした中でインドは危機打開の機会を模索している。

ロイターが入手したインド政府の内部資料によると、米国が輸入する繊維と衣料、履物などの分野ではインド製シェアの拡大が見込める。米政府の相互関税措置の発表直後、商工省は「米国の通商政策における今回の新たな展開によって生じる可能性のある各種の機会を調査中だ」との見解を表明した。

インドは中国よりも関税率が低い措置を受けた。このため、米アップルのiPhone(アイフォーン)製造シェアでは中国を引き離して拡大することを期待しているが、対インド関税は26%に及ぶため、米国ではアイフォーンが大幅に値上がりする恐れがある。

南米では、輸出が銅から穀物に至るまで一次産品に集中している中、米国の関税による混乱で、長年停滞していた南米関税同盟メルコスル(南米共同市場)と欧州連合(EU)との自由貿易協定(FTA)交渉が再び勢いづくとの期待が出ている。

メキシコも相互関税措置では、他国に比べれば傷は浅い。RBCブルーベイの新興市場担当上級ストラテジストによると、貿易の大半が米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)によって守られているためだ。

ただ「メキシコ関連の資産は他国の資産に比べて厳しい状態だ。メキシコは米経済の影響を大きく受けるためだ」と話した。その上で「結局のところ、トランプ氏の貿易政策は回り回って米経済を痛めつけている」と切って捨てた。

ロイター
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