焦点:ヨルダン川西岸で拡大するイスラエル入植地、「トランプ2期目」に期待の声
11月23日、イスラエルが占領するヨルダン川西岸地区で同国による入植活動が過去に例のない拡大を見せた今、入植推進派の一部からはトランプ次期米大統領に期待する声が上がる。写真は西岸地区の入植地シロ。11月9日撮影(2024年 ロイター/Mohammed Torokman)
Jonathan Saul James Mackenzie
[シロ(ヨルダン川西岸) 23日 ロイター] - イスラエルが占領するヨルダン川西岸地区で同国による入植活動が過去に例のない拡大を見せた今、入植推進派の一部からはトランプ次期米大統領に期待する声が上がる。目指すは、パレスチナ側が将来の独立国家の中心とみなす同地区にイスラエルの主権を確立するという夢の実現だ。
2年前にネタニヤフ首相が極右連立政権のトップとして返り咲いて以来、西岸地区はユダヤ人入植地の急速な拡大により、その姿を変えてきた。その間、入植者による暴力行為が拡大し、米国による制裁を受けるに至った。
ここ数週間、一部の入植者が西岸地区のヨルダン渓谷で権利を主張する複数の丘の頂上にイスラエル国旗が翻った。地元のパレスチナ住民の多くは、これらの地域でイスラエル側の支配が拡大するのではないかと懸念を募らせている。入植者のあいだでは、投票日を前にトランプ氏の勝利を祈る声があった。
イスラエルによる西岸地区の併合を支持する活動家で執筆活動も行っているイスラエル・メダッド氏は、西岸地区の入植地シロで40年以上暮らしている。自宅でロイターの取材に応じた同氏はトランプ氏の勝利について、「とても期待している。私たちはやや有頂天になっているとさえ言える」と語る。入植者たちにとっては、トランプ氏がイスラエル寄りの発言で知られる人物を政権幹部候補として次々に指名しているのも朗報だ。その1人が、駐イスラエル大使として指名されたマイク・ハッカビー氏。キリスト教福音派であり、西岸地区は占領地ではないとの発言もあり、「入植地」ではなく「コミュニティー」という呼称を好んでいる。
ここ1カ月、米国のキリスト教右派との人脈を築いてきたイスラエル政府閣僚と入植推進派は、かつては過激な主張とされていた西岸地区における「主権の回復」を公式発言においても前面に出すようになっている。ネタニヤフ政権はまだこの件について公式決定を発表していない。首相府広報官は、この記事に対するコメントを控えるとしている。
イスラエルとサウジアラビアの関係正常化に向けた「アブラハム合意」をベースに、もっと広範囲の合意をめざすという米国政府の戦略的野心をリスクにさらすような動きをトランプ次期大統領が支持するかどうか、確かなことは何もわからない。サウジアラビアは、世界の大半の国と同様、西岸地区におけるイスラエルの主権を否定している。
過去に民主党・共和党双方の政権において中東和平交渉を担当してきたデニス・ロス氏は、トランプ氏の外交政策構想についての独自評価に基づき、「アブラハム合意を拡大したいというトランプ氏の希望が最優先になるだろう」と語る。
「イスラエルが公式に西岸地区を併合したら、サウジアラビアがそうした拡大合意への参加を真剣に考えるはずがない」とロス氏は指摘した。西岸地区が併合されればイスラエルとパレスチナが国家として共存する「2国家解決」に向けた希望はついえ、開戦から1年以上を経て隣接するレバノンにも波及しているガザ紛争の解決も困難になる。
トランプ氏は1期目のうちに駐イスラエル米国大使館をエルサレムに移転し、西岸地区への入植は違法であるという米国政府の長年の立場に終止符を打った。だがトランプ氏は2020年、既存の境界線沿いの土地にパレスチナ国家を創設する計画を示し、地区全体でイスラエルの主権を確立するというネタニヤフ首相の狙いを頓挫させた。
トランプ次期大統領はこの地域に関する方針を明らかにしていない。政権移行チームの広報担当者キャロライン・レビット氏は中東政策に関する質問に回答せず、トランプ氏は「世界中で全力での平和の回復を進めるだろう」と述べるに留めた。
もっとも、イスラエル閣僚でも有数の入植推進派として知られるスモトリッチ財務相は先週、早ければ来年にもトランプ政権の支持を得て西岸地区を併合できるよう希望していると発言した。
イェシャ入植者評議会のイスラエル・ガンツ議長はあるインタビューの中で、トランプ政権がイスラエル政府による併合の推進を「容認」してくれるよう願っている、と語った。
ガンツ議長は11月5日の米大統領選挙に先立ち、シロにあるビザンチン帝国時代の古い教会の遺跡で、トランプ氏の勝利を願う祈祷会を主催した。
「米国の人々とイスラエルをより良い日々に導いてくださるよう神に祈った」とガンツ議長。シロは米国の政治家の視察地としても人気があり、ハッカビー氏や、トランプ氏が国防長官に指名したピート・ヘグセス氏も訪れている。
<入植地による包囲網>
シロは、隣接する入植地エリとともに西岸地区の中心部近くに位置する。エルサレムからは、きれいに舗装された高速道路「ルート60」で1時間の距離だ。パレスチナの都市を結ぶ荒れた路面の道とは対照的だ。
近隣のカリュート村出身のパレスチナ人活動家バシャール・アルカーユティ氏は、シロ、エリ両入植地の拡大により、西岸地区中心部のパレスチナ人の村は取り囲まれてしまったと話す。
アルカーユティ氏は、イスラエル政府による公式の許可書を待たずに建設作業に入る入植者が増えていると説明する。この傾向は、入植地問題を追跡するイスラエル側活動家グループ「ピースナウ」も指摘している。
アルカーユティ氏はロイターの電話取材に対し、「これが現地で起きている状況だ」と語った。「西岸地区中心部全体が、今や入植者の支配下に置かれている」
イスラエル人の多くが「ジュデア・サマリア」と呼ぶヨルダン川西岸地区は、長さ約100キロ、幅50キロの腎臓のような形をした地域で、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領して以来、イスラエル・パレスチナ両者の紛争の中心となってきた。
大半の国はこの地域を戦時占領地であり、入植活動は国際法に照らして違法であると考えている。この立場は、国際司法裁判所も7月に支持している。
国連の推計によれば、1948年のイスラエル建国により難民となったパレスチナ人は約75万人。パレスチナ側は将来のパレスチナ人国家の中心として、地中海に面した南部の飛び地であるガザ地区とともに、西岸地区の領有を主張している。
だが、30年前のオスロ合意以来、西岸地区全域でユダヤ人入植地が急速に広がったことで、この地域は変貌してしまった。
シロは、「出エジプト」により戻ってきた古代ユダヤ人が幕屋を建て、300年にわたり護持した地として崇敬を集める。現代のシロは1970年代に築かれ、閑静な街路と小綺麗な郊外住宅が並ぶ、囲われたコミュニティーの雰囲気を漂わせる。2022年時点での人口は約5000人だ。
ユダヤ人入植地を支持する人々にとって、聖書とのつながりは、国際法がどうであれ、彼らがそこで暮らす権利を与えるものである。
「ビザンチン帝国、ローマ帝国、マムルーク朝、オスマン朝…何者に支配されようとも、ここは私たちの土地だった」とメダッド氏は語る。
したがって入植推進派は「併合」という言葉を拒否する。他国の領土を取得するという意味合いが感じられるからだ。2023年には、西岸地区での入植地建設が過去に例のないレベルに達した。昨年10月にガザ侵攻が始まって以来、多くの道路が新設され造成工事が展開されたことにより、西岸地区の丘陵地帯の風景は目に見えて変わった。
バイデン政権からの批判も、これを制止する効果は全くなかった。
その一方で、シロ周辺も含め、西岸地区のパレスチナ人住民に対するユダヤ人入植者の暴力行為はエスカレートし、国際的な非難が高まり、米国、欧州からの制裁へとつながった。今週も、暴力行為の中心だったとされる個人に対する制裁が追加されている。
ガンツ議長をはじめ入植者の指導者たちは、自分たちの運動に暴力が介在する余地はないとしている。入植者らは、自分たちがパレスチナ側の街や都市に近い地域に展開することで、イスラエルの他の部分の安全保障を担っているのだと主張している。
<「否定できない事実」>
「ユダヤの人民はイスラエルの土地に対する自然権を有する」とする連立合意のもとでネタニヤフ政権が就任して以来、西岸地区におけるイスラエルの立場を強化するために一連の措置が実施されてきた。
「イスラエルがジュデア・サマリアにも存在するという事実を固めるために、現地では多くの改革が行われてきた」と語るのは、スモトリッチ財務相が所属する会派を率いるオハド・タル議長。国会議事堂内のオフィスの棚には、「MAGA(アメリカを再び偉大に)」のロゴが入ったトランプ陣営の赤い帽子が飾られている。
タル議長は、「ジュデア・サマリアで確実に主権を行使し、ここにユダヤ人が存在し、留まり続けるという否定できない事実を確立するために」あらゆる体制を整えた、と語る。
かつてはイスラエル軍が所管していた入植地に関する多くの機能は、すでに文民機関である入植地管理庁に移管された。この機関を直接の指揮下に置くスモトリッチ財務相は、国防省においても、西岸地区の運営を担当する役職に就いている。
ピースナウが10月に発表した報告書によれば、2024年には約6000エーカー(2400ヘクタール)が、入植地を建設しやすい区分である「イスラエル国有地」と認定された。1年間で国有地として認定される面積として過去最大であり、過去30年間の国有地認定総面積の半分に相当する。
ピースナウによる別の分析によれば、過去1年間で少なくとも43カ所の入植用監視所が新たに整備された。なお、1996年以降の平均は年7カ所未満だ。
多くの場合、新規の監視所は既存の入植地に付属する形で、元の入植地の拡張を可能とするよう、近隣の丘陵の頂上に作られ、これを支える数キロメートルの新設道路その他のインフラが整備される。多くはイスラエル国内法によれば違法建築だが、イェシャ入植者評議会によれば、今年は約70カ所に対して政府からの支援が行われているという。
入植地の監視を行っているもう1つのイスラエル団体「イェシュ・ディン」のディレクターを務めるジブ・シュタール氏は、「見た目は非常に退屈だ。ずる賢いやり方だ」と語る。「法律を作って『西岸地区を併合する』と宣言するのではなく、ただ行動に移している」
(翻訳:エァクレーレン)