ニュース速報
ワールド

アングル:「働いた証ない」、労働者の権利求めるメキシコのセックスワーカー

2024年05月20日(月)08時52分

セックスワーカーとして働く人たちにとって、メキシコの労働者が普通に享受できる基本的な権利、諸手当、労働者保護などは一切存在しない。写真はメキシコ市で5月1日、セックスワーカーの社会的保護を求めて行進する「クラップ」のメンバー。提供写真(2024年 ロイター/ProDESC/handout via Thomson Reuters Foundation)

Diana Baptista

[メキシコ市 14日 トムソン・ロイター財団] - ナタリア・レーンさんの働き方は、昨今の大半の職業と同様に「ハイブリッド」だ。大学を卒業し現在34歳のレーンさんは、1日の半分を刺激的なネットコンテンツの制作に費やし、残りをリアルなサービスに充てる。

だが、セックスワーカーとして働くレーンさんにとって、メキシコの労働者が普通に享受できる基本的な権利、諸手当、労働者保護などは一切存在しない。レーンさんはこの状況を変えようと奮闘している。

人権活動家でもあるレーンさんは、この仕事を始めて14年になるが、いまだに社会保障制度の対象外で、住宅ローンなども利用できないと語る。セックスワーカーとして働くようになったのはコミュニケーション分野の学位を得るための学費が目的だった。

「他の労働者階級と違って、この14年間働いた証と言えるものが、私には何もない」

新型コロナ禍と、その後の生活コスト危機以降、レーンさんはオンラインでのセックスワークに活路を見い出した。だが同業の仲間と同じように、連邦法はそうした職業に社会保障制度やその他の労働者としての権利を与えていない。

そこで5月7日、セックスワーカーたちは、この業界では初めての連携組織である「クラップ(CLaP!)」を結成した。目標として掲げるのは、セックスワークの非犯罪化と職業としての公式な認知、ネットとリアルで働くセックスワーカーに社会保障制度の利用を認めることだ。

創設者の1人であるレーンさんにとって、権利を認めさせることは急務となる。

「(セックスワーカーは)他のどの労働者団体とも共通するニーズを抱える一方で、特有のリスク、そして際限なく続く暴力にも悩まされている」と語るのは、プロデスク(ProDESC)で人権・労働者権利のために活動するインディラ・ソリス氏。プロデスクは「クラップ」を支援している団体だ。

クラップは現在、オンラインと首都メキシコ市の街頭で働く同業者に参加を呼びかけている。セックスワーカーが長年求めてきた労働者としての権利を勝ち取るために十分な勢いを生み出すことが狙いだ。

プロデスクのソリス氏によれば、これまでに約42人の労働者がクラップに加入した。

「(クラップは)セックスワークは1つの生き方であり、個人の選択であって、そこから救い出してもらう必要などないと認識している」とレーンさんは語った。

<職業としての認知を求めて>

メキシコ市は2013年、セックスワークを「報酬を伴わない労働」として法的に位置付け、2019年に非犯罪化した。警察によるハラスメントや犯罪組織による暴力に対する30年間にわたる抗議の成果だった。

だが、法律上はこうした大きな勝利を収めたとはいえ、セックスワーカーたちによれば、労働条件がこれまでより安全になったわけでも、労働者としての標準的な権利が得られたわけでもないという。

メキシコ市でのセックスワークに関する最新の調査によると、セックスワーカーたちは、仕事の場がオンラインか街頭かにかかわらず、日常的に警察や病院、検察、救急隊による差別に直面しているという。

調査に応じた人々は、セックスワークを仕事として承認することが日常的な差別を減らし、医療サービスの利用拡大や、警察による暴力の防止につながる可能性がある、と語った。

他のラテンアメリカ諸国では、すでにセックスワーカーを対象とした社会的保護を実現するための取り組みが進んでいる。

たとえばコロンビアでは先週、権利や年金、医療へのアクセスを制度化する最初の取り組みについての審議が行われた。

姓を伏せることを条件に取材に応じたイーライさん(36)は、2年前、「オンリーファンズ(OnlyFans)」などのソーシャルメディアやウェブサイト向けの過激なコンテンツの制作を始めた。

だが、社会保障制度を利用できないため、イーライさんは公的な医療や退職手当を利用できず、住宅を入手する機会もない。

「ある種の監視下で生きている。たとえばアパートを借りようとしても、入居を拒否されてしまう可能性があるから、セックスワークをしているとは口にできない」と語るイーライさんは、クラップの新会員獲得に協力している。

各国の政治家はこの2年間、「ギグワーカー(単発の仕事を請け負う労働者)」が社会保障を得られるよう多数の取り組みを推進してきた。ギグワークは、料理デリバリーからセックスワークまで、あらゆる領域で急成長しているセクターだ。

だがそうした取り組みも、まだ法律として実を結んではいない。

デジタルプラットフォームで働く労働者への社会保障の提供は、次期メキシコ大統領の最有力候補とされるクラウディア・シェインバウム氏の選挙公約でもある。だが同氏の構想が視野に入れているのはドライバーや配送労働者だけで、セックスワーカーは置き去りにされている。

クラップの会員にとって、こうした仕打ちはおなじみだ。自分たちの仕事は、他の労働者から一人前の職業と見なされていないのが普通だからである。

その上、労働組合として認知されるのも一筋縄ではいかない。契約書もなければ、収入を証明するための請求書もないからだ。

「他の労働者たちが経験する暴力は、私たちの経験と変わらない。大きな違いは、他の労働者たちがやっていることが『仕事』かどうか、誰も疑問に思わないという点だ」とレーンさんは語った。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、4週連続減少=ベーカー

ビジネス

アングル:FRB当局者、利下げの準備はできていると

ワールド

米共和党のチェイニー元副大統領、ハリス氏投票を表明

ワールド

アングル:AI洪水予測で災害前に補助金支給、ナイジ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が増加する」農水省とJAの利益優先で国民は置き去りに
  • 3
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元で7ゴール見られてお得」日本に大敗した中国ファンの本音は...
  • 4
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 5
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 6
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 7
    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…
  • 8
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 9
    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…
  • 10
    川底から発見された「エイリアンの頭」の謎...ネット…
  • 1
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つの共通点
  • 4
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 5
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 8
    再結成オアシスのリアムが反論!「その態度最悪」「…
  • 9
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中