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焦点:北朝鮮アートが中国で人気、制裁下での外貨獲得手段に
北朝鮮のプロパガンダポスターを見せるギャラリー責任者。「核兵器なき新世界に向けて!」とある。ソウルで8月撮影(2017年 ロイター/Kim Hong-Ji)
[丹東(中国) 4日 ロイター] - ランニングシャツとズボンを身に着けた北朝鮮人のアーティストたちが、大きな窓の下に座り、カンバスを枠に固定したり、のどかな田園風景をパソコンから写し取ったりする作業に集中している。その中の1人は、ヘッドフォンを着けて、走る馬の群れをカンバスに描いていた。
ここにいる9人の画家は、北朝鮮最大の美術制作会社、万寿台創作社から、中朝国境沿いにある中国遼寧省の丹東に派遣されている。数千人程度が存在するという北朝鮮アーティストの一部は、国境沿いに多数あるこうしたスタジオに滞在して、増加する作品需要に応えている。
「中国人はアート作品の収集を始めている。北朝鮮の作品は、簡単に入手できて値段も安い」と、韓国文化観光研究院のPark Young-jeong氏はいう。
近年では、西側各国が北朝鮮の核・ミサイル実験に対する制裁措置を着々と履行するなかで、万寿台創作社などの美術スタジオは、同国が外貨を獲得するうえで、より重要な役割を担うようになった。北朝鮮は、鉱物や金融、武器の不正取引で長年罰せられてきたが、芸術は、相互理解のためのチャンネルだと見られてきた。
だがそれは変わりつつある。
万寿台創作社は、北朝鮮政府が経営。世界指導者の像からプロパガンダのポスター、刺繍作品まで、幅広く制作している。また、アフリカの15か国以上の国でモニュメントや像を建設したことが、国連の制裁関連報告書で確認されている。
2月に出されたこの報告書によると、万寿台創作の一部門である万寿台海外開発会社は、北朝鮮が他国と軍事関連の契約を結ぶ際に経由するフロント企業だ。同社は、巨大な像だけでなく、ナミビアの軍需工場や基地などの軍事施設も建設したと、報告書は指摘している。
北朝鮮のジュネーブ国連代表部の外交官は、万寿台が武器製造資金とは全く関係がないと述べた。万寿台創作社に連絡を取ることはできなかった。
国連安全保障理事会は、2016年に同社の像制作ビジネスを禁止した。北朝鮮がさらなるミサイル実験を重ねた8月には、万寿台創作社をブラックリストに載せ、世界的な資産凍結と渡航禁止の対象とした。万寿台創作社の事業を停止させる内容だった。
「これで、絵画や他のアート作品、モニュメント、建築物など、万寿台創作社が作るものは全て資産凍結の対象となり、購入できなくなった」と、国連外交筋は語った。
国連安保理はさらに、9月11日の追加決議で、全ての北朝鮮の企業や個人が関わる合弁事業を1月半ばまでに停止することを決めた。
それが、現存する万寿台創作社制作のアート作品にどう影響するのかは不明だ。
北京の画廊が多く立ち並ぶ地区に「万寿台画廊」があり、万寿台創作社の公式在外ギャラリーを自称している。画廊の責任者Ji Zhengtai氏は、画廊は制裁対象ではなく、ビジネスに影響はないと話す。
「今のような時こそ、北朝鮮と世界の相互理解を育てるため、芸術のような手段が必要だ」と、Ji氏は言う。
万寿台創作社の取引規模を把握するのは不可能だが、国連外交筋は、世界で数百万ドルに上っていたと推測する。
<政治は関係ない>
万寿台創作社の「海外公式サイト」を名乗るイタリアのサイト mansudaeartsudio.comは、万寿台創作社について「恐らく世界最大のアート制作センター」だと説明している。
万寿台創作社の平壌スタジオの敷地面積は、12万平方メートルあり、アーティスト1000人を含む約4000人を雇用している。また、13の創作グループに分かれており、7つの制作工場、50以上のサプライ部門を抱えている、と同サイトは説明する。
このサイトを運営しているのはPier Luigi Cecioni氏で、万寿台創作社と単独契約を結び、作品をオンラインで販売しているという。同氏は、売り上げ規模は明らかにしなかったが、万寿台創作社の制裁対象入りが発表された8月、売り上げは万寿台創作社に直接渡されていると、ロイターに明かした。
同氏は、制裁発表の数年前に購入した自分のコレクションから作品を販売していると説明する。また、同氏のサイトでは、オンラインで作品を購入する場合の売買契約は同氏のイタリアの会社との間で交わされ、万寿台創作社とではないと説明していた。国連制裁は、発効より前に遡って適用されない。
国連の北朝鮮制裁は、専門家による独立委員会が履行状況を検証し、制裁決議違反などがあれば安保理の北朝鮮制裁委員会に報告する。報告内容は公表されないが、委員会では毎年、レポートを作成し公表している。
同委員会のヒュー・グリフィス委員長は、「この問題は進行中の捜査に関わる」として、コメントしなかった。
Cecioni氏は、「イタリアや米国の当局とトラブルになりたくない。私には、特にイタリアであちこちにパイプがあり、全てのルールを守るようにしている」と話した。
イタリア外務省筋は、制裁対象国とつながりがある個人とは通常連絡を取り、イタリアの国際公約に違反することがないようにしていると話した。
Cecioni氏は9月の時点で、ビジネスを畳む考えはないと述べ、「北朝鮮は爆弾だけでなく、芸術作品も作っており、普通の人たちだということを知らせるのは非常に重要だと思う」と話していた。
同氏は9月にイタリアで計画していた北朝鮮のプロパガンダポスター展は延期したが、これは、万寿台側から、現在の情勢で反米的な内容を展示するのは賢明ではないといわれたためだという。
制裁についての理解が中国に届くのは遅い。
中国商務省が、万寿台創作社などに対する制裁執行日を周知させるために出した通知には、万寿台創作社の名前が記載されていなかった。なぜ記載されなかったか問い合わせたが、回答はなかった。
丹東のスタジオは、万寿台創作社とのパートナーシップで運営されていると、責任者のGai Longji氏はいう。制裁の開始日に、影響があるかどうか質問すると、直接の回答を避けた。
「政治は関係ない。芸術に携わっているだけだ」と、Gai氏は言った。スタジオの背後にあるLiaoning Sanyiという企業は、コメントの求めに応じなかった。
<白虎>
ロイターは、アート収集家や美術史家、学者や北朝鮮アートを世界で売ってきた関係者など少なくとも30人に取材。その多くが、北朝鮮の絵画はニッチな市場であり、売り上げは北朝鮮が石炭や鉱物の輸出で得る収入に比べて、わずかな規模だと説明した。
だがそれでも、北朝鮮の外交官は、外貨を稼ぐためだけに、欧州で熱心に美術展を宣伝してきたという。
中国では、需要が大きく伸びている。
丹東は、鴨緑江越しに北朝鮮の生活を垣間見ることのできる人気の観光都市だ。毎朝、観光客が観光バスに乗ってやってきて、冷麺を食べ、北朝鮮女性の歌や踊りのショーを見学し、絵画を買っていく。
万寿台創作社以外にも、北朝鮮におけるほぼ全ての省庁や地方政府が、絵画スタジオを所有している、とライデン大講師で、北朝鮮アートを研究するKoen De Ceuster氏は言う。「国中にスタジオがある」
ほかに有名なのは白虎美術創作社と中央美術創作社だ。丹東では、白虎の大衆作品が最もよく売れていると、現地の関係者は話す。
白虎と取引したことのある複数のコレクターは、北朝鮮軍が運営主体だと指摘するが、ロイターは独自に確認できなかった。白虎が製作したプロパガンダポスターには、「核なき世界」を訴えるものもあった。
ロイターが訪問した丹東のスタジオは、2014年以降、500人以上の北朝鮮アーティストを受け入れてきたと、責任者のGai氏は言う。滞在期間は、6カ月から3年の間だという。
多くの丹東の画廊が、北朝鮮の画家を受け入れている。画廊スタッフは、世界から顧客があり、絵画には最高で10万ドル(1130万円)の値がついたことがあると振り返る。専門家も、時折数千万円規模で買われる作品があると指摘する。
売り上げの全てが北朝鮮政府に渡るわけではない。売値が、仕入れ価格の4、5倍になることもあると、丹東のディーラーの1人が明かした。
<長期的なビジネス>
国連安保理が8月に課した制裁対象は万寿台創作社だけだったが、9月の合弁事業を対象とした制裁では、北朝鮮労働者も規制されることになった。この組み合わせは、アート業界の関係者全てに影響する可能性があると、丹東のトレーダーはいう。
だが抜け道はあるという。
例えば、万寿台創作社の作品を、制裁対象ではない別のスタジオ名義で売ることもできる。アーティストは、労働ビザではなく文化交流ビザで中国に滞在している。また、この地域の経済では、現金ではなく絵画を物々交換する取引が長年行われていると、2人のビジネスマンが明かした。
中朝国境の東端にある中国の延吉市の中国骨董商Zhao Xiangchen氏は、丸めた北朝鮮絵画を持って国境を超え、持ち込んでくる人は多いと話す。Zhao氏の店の骨董商品は埃をかぶっていたが、同氏は北朝鮮絵画をオンラインで販売している。
制裁措置が発表されて以降、中国人顧客はより慎重になったという。
「だが私は、長期的にビジネスを考えている。北朝鮮アートへの潜在的需要は巨大で、伸びしろしかないと思う」と、Zhao氏は話した。
(Sue-Lin Wong記者, Giselda Vagnoni記者、Fanny Potkin記者、翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)