ニュース速報

ワールド

アングル:英難病乳児の命は誰の手に、SNS論争が世界で過熱

2017年07月29日(土)14時06分

 7月26日、英国の難病を患う乳児の尊厳死を巡る問題がソーシャルメディアで過熱しており、ある一家族の悲劇だったものが、世界的な論争の的へと姿を変えている。写真は、英裁判所前に掲げられた乳児と両親へのメッセージと風船。ロンドンで24日撮影(2017年 ロイター/Peter Nicholls)

[ロンドン 27日 ロイター] - 英国の難病を患う乳児の尊厳死を巡る問題がソーシャルメディアで過熱しており、ある一家族の悲劇だったものが、世界的な論争の的へと姿を変えている。多くの寄付が集まる一方で、殺害の脅迫が寄せられ、バチカンや米ホワイトハウスからもコメントが寄せられた。

ツイッターでは先月初めから、乳児の名前であるチャーリー・ガードのハシュタグ「#CharlieGard」が約50万回使われている。英国でのグーグル検索回数は、チャーリーの名前がメイ英首相を上回り、全世界でも、米国政治を揺るがす医療保険制度改革法案を上回るほどだ。

生後11カ月のチャーリーちゃんは、筋肉の衰えが進行する遺伝性の難病に侵されており、脳の障害も認められた。ロンドンの病院は尊厳死を勧めたが、両親は拒否。米国へ渡って治療を受けさせることを希望した。

だが英国の裁判所は、この治療計画では治癒する可能性が低く、チャーリーちゃんの苦痛を長引かせるものでしかないと病院の主張を支持し、米国渡航を禁止した。欧州の人権裁判所もこの判断を支持した。

両親は、米コロンビア大学の平野道雄教授の治療法が、チャーリーちゃんに効果をもたらす可能性を示す新たな証拠があると主張し、渡航禁止の判断を覆そうとしていたが、病状が進行し、回復が見込めないことが分かり、訴えを取り下げた。

この裁判では、子どもの運命を決めるべきは親か、それとも医師かという、苦渋に満ちた倫理的なジレンマに注目が集まった。

痛ましい法廷闘争が次第に明らかになり、ローマ法王フランシスコとトランプ大統領がネット上でチャーリーちゃんの両親に対する支持を表明すると、世間の関心は大いに高まり、同裁判を巡る論争は英国にとどまらず、世界的現象となっていったことが、ウェブアクセス解析ツール、グーグル・アナリティクスは示している。

ローマ法王は6月30日、「人命を守ることは、とりわけ病を患っている場合、神が皆に委ねられた愛という使命である」とツイート。この日、チャーリーちゃんへのグローバル検索は285%上昇した。

それから3日後、トランプ大統領が「英国にいる友人や法王のように、小さなチャーリー・ガードちゃんを助けることができるなら、われわれは喜んでそうする」とツイートすると、検索は75%アップした。

英国内外で非常に多くの人が、チャーリーちゃんの運命を誰が決めるべきかという問題に関心を寄せ、インターネット上でコメントしているのを受け、ニコラス・フランシス裁判長は、事情をよく知らず投稿されたネット上のコメントを非難した。

「ソーシャルメディアの世界は、確かに非常に多くの利点もあるだろうが、本件のような裁判がネットで拡散される場合、事実に基づいていようとなかろうと、誰もが意見を表明する資格があると感じることを、落とし穴の1つとして挙げておきたい」と同裁判長は語った。

フランシス裁判長は、チャーリーちゃんが英国の公衆衛生サービスの犠牲者だと主張したり、衛生サービスには運命を決める力があるとする「ばかげた」コメントについて言及した。

<寄付と脅迫>

チャーリーちゃんの両親は、息子への支援を募るため、ユーチューブやフェイスブック、インスタグラムといったソーシャルメディアを駆使して頻繁に最新状況を更新。

母親が開設したクラウドファンディングのサイトは、130万ポンド(約1億9000万円)を超える寄付を集めた。

チャーリーちゃん家族のフェイスブックページには数多くのコメントが寄せられ、その多くは家族への支援を表明するものだった。だがその一方で、判事や病院、両親にまで怒りをぶつけるコメントも見られた。

「この小さな男の子は回復するチャンスがあったはずだ。だが、長いこと手が打たれなかったばかりに、もう手遅れになってしまった。判事は自分を恥じるべきだ。もし立場が逆で、自分自身の子どもに降りかかったことなら、結果はどうなっただろう」と、フェイスブックのあるユーザーはコメント。

また、別のユーザーは「両親が子どもの死を受け入れられず、苦痛を長引かせたのは悲しいことだ」と書いている。

「実験的な治療を受けるのを許可しないなんて、病院と英国に対する怒りを抑えることは、まったくもって無理な話だ。病院にはうんざりだ」との投稿も見られた。

世界的に有名なこの小児病院は、医師や看護師ら職員に対して殺害予告や嫌がらせが数多く届いていることを明らかにした。

チャーリーちゃんの両親は、病院への嫌がらせを非難する一方、自分たちも、法廷闘争に反対する人たちからさまざまな暴言を受けていると語った。

<米国民の関心>

英国以外で、特にこの裁判が大きな注目を集めているのは米国で、政治家や反中絶団体が飛びついている。

共和党議員2人は、米国で治療を受けられるよう手続きを迅速化するため、チャーリーちゃんに永住権を与える法案を提出した。

「生かすべき命を選択するという究極の権限を医師や当局が手にしたときにもたらされるリスクを、米英両国に思い知らせる必要がある」との声明を、ブラッド・ウェンストラップ、トレント・フランクス両議員は25日発表した。

反中絶を唱えるキリスト教防衛同盟の責任者、パトリック・マホニー師は今月、チャーリーちゃんを見舞い、両親を支援するためロンドンを訪れた。病院は「思いやりのかけらもなかった」と同師は言う。

英オックスフォードシャーを拠点にするソーシャルメディア・コンサルタントのポール・サットン氏は、この問題に関するソーシャルメディアの注目度は「爆発的」だと表現する。

「これは極めて感情的で、誰もが心を揺さぶられる問題だ」と同氏は指摘。「ソーシャルメディアがこの問題をより多くの人に、とりわけ世界中の人々に知らしめる上で大きな役割を果たしたことは間違いない。感情的な反響を集め、それがまたソーシャルメディアの活動をさらに駆り立てている」と語った。

(Cassandra Garrison記者 翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

ロイター
Copyright (C) 2017 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック反発、CPI鈍化受

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅高、インフレ鈍化で安心感 関

ビジネス

米成長率、第1四半期は「少なくとも」2─2.5%の

ワールド

プーチン氏、クルスク州視察 ウクライナ軍「必要な限
MAGAZINE
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
2025年3月18日号(3/11発売)

3Dマッピング、レーダー探査......新しい技術が人類の深部を見せてくれる時代が来た

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 2
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「腸の不調」の原因とは?
  • 3
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 4
    株価下落、政権幹部不和......いきなり吹き始めたト…
  • 5
    SF映画みたいだけど「大迷惑」...スペースXの宇宙船…
  • 6
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 7
    トランプ第2期政権は支離滅裂で同盟国に無礼で中国の…
  • 8
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎…
  • 9
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 10
    「トランプの資産も安全ではない」トランプが所有す…
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 3
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 4
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 5
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 6
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 7
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 8
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 9
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 10
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中