ニュース速報

ワールド

アングル:高層住宅火災で露呈、英国が抱える「貧富の格差」

2017年06月17日(土)08時19分

 6月15日、火災で黒焦げになった姿をさらすグレンフェル・タワー(2017年 ロイター/Peter Nicholls)

[ロンドン 15日 ロイター] - 少なくとも17人が死亡した大規模火災が今週発生したロンドン西部の公営住宅がある一角から、徒歩で少しの場所に、数百万ポンドはする優雅な住宅が並ぶ、英国で最も裕福な通りの1つがある。

ケンジントン・アンド・チェルシー王室特別区は、ポップスターやセレブ、富裕層や銀行幹部が住むエリアとして、英国内外で広く知られている。

だがその同じ地区には、今回の火災が起きた24階建ての高層公営住宅「グレンフェル・タワー」が建つ一角のように、貧しい地区も点在している。

住民が寝入った14日未明に発生し、瞬く間に炎が建物を飲み込んだ今回の大火災では、住民数十人が行方不明となっており、犠牲者の数はさらに増えると当局は見ている。運よく脱出できた住民も、全ての所持品を失った。

この大惨事にショックを受けたロンドン市民からは、大量の洋服や靴、シーツなどの寄付が押し寄せ、早々にボランティアが対応しきれない程になっている。

だが15日には、黒焦げの無残な姿をさらすタワーの周辺から、はっきりと怒りの声が上がっていた。地元当局が、富裕層を優遇する政策に走り、貧しい市民の安全や福利を軽視している、というのだ。

火災のあった建物に住む受付係員のアリア・アルガッバーニさんは、新たな外装材が取り付けられた昨年の改修工事に立腹していた多くの住人の1人だ。炎が急速に広がった一因に、この改修工事があった可能性を指摘する報道も出ている。

「なぜ外観をきれいにしたのかを考えると、いらだたしい。反対側の高級住宅の住民にとってこのタワーが見苦しいからだ」と彼女は言う。

消防当局は、火災原因を特定するには時期尚早としており、地元当局は、改修工事は住人の住環境改善のために行ったと説明している。

<「二都物語」>

改修工事中に同タワーの住民と緊密に連携していた地域のまとめ役、ピルグリム・タッカーさんは、今回の火災は、長年の間コミュニティの一部を丸ごと無視したことによる悲劇的な結末だと考えている。

「この公営住宅の住人は、自分たちが無視されていることを知っている」と、彼女は衝撃を隠せない様子で語った。「もし行政がするべき仕事をしていたなら、こんなことは起きなかった」

防災上の懸念を住人が指摘したにもかかわらず聞き入れられなかったとタッカー氏らが声を上げるなか、大惨事の余波は、より大きな政治の世界にも広がりつつある。

先週の総選挙で、財政規律の重視や、減税、ビジネス環境の整備を掲げた与党保守党は、公共事業に対する支出拡大を重視する野党労働党に対し議席を失い、過半数を確保できなかった。

グレンフェル・タワーのあるケンジントンの選挙区では、史上初めて労働党の候補者が当選を果たし、驚きを持って受け止められた。

当選した労働党のエマ・デントコード議員は新聞のインタビューで、安全性を軽視したとして行政当局を批判し、悲劇は防げたはずだと指摘するなど、火災を機に素早い反応を見せた。

メイ首相は15日、グレンフェル・タワーを訪問したが、消防士と会話する一方で住民とは言葉を交わさなかったと批判を浴びた。

対照的に、近隣の教会を訪問して住民やボランティアに面会した労働党のコービン党首は、「来てくれてありがとう」と周囲から声がかかるなど歓迎された。

「ケンジントンが『二都物語』であることは、避けられない事実だ」と、コービン党首は記者団に述べた。「ケンジントンの南側は極めて裕福で、全国で最も高級な地区だ。この火事が起きた地区は、国内でも最貧の部類だと思う」

<「ある種の人々」>

グレンフェルがある一角のすぐ外側は、多様な層が住むノッティング・デールと呼ばれる区域だ。味気のない1970年代築の公共住宅の周りには、富豪とまではいかないものの、裕福な人々が住む手入れの行き届いた住宅が並ぶきれいな通りがある。富豪たちは、数分は離れたホランド・パークと呼ばれる地区に住んでいる。

ノッティング・デールでは、地元住民の怒りにもかかわらず、火災によってコミュニティの異なる層の人々が団結した。タワーから脱出した人々や、現場近くの自宅から避難を余儀なくされた人々のために、より裕福な住民の多くが住居を開放したのだ。

ゆとりある生活を送る年配の婦人アナベル・ドナルドさんは、自宅アパートを、行き場のない住人6人に貸している。

火災が起きた夜、ドナルドさんはパジャマ姿で近くの教会に駆けつけ、避難してきた人たちのためにお茶を入れたり、子供たちにおもちゃをあげたり、大勢が利用するトイレを清掃するなど、できる限りの手助けを行った。

裕福な側の住民ではあるが、ドナルドさんは、保守党が主導するケンジントン・アンド・チェルシー王室特別区の行政の在り方に対する怒りを共有している。

「ゆとりのない人たちは、自分たちには何もなく、一方で特権階級が全てを手にしている、と感じている。それは全く真実だと思う」とドナルドさんは言う。

彼女は、増税で公共住宅や他の公共サービスへの支出を拡充することは簡単にできるのに、地区の税金が不必要に低く抑えられていると批判する。地区税の負担増があれば、喜んで応じる考えだと語った。

「行政は、倹約する地区であることを自慢に思っている。ある種の人々を喜ばすことができると思ってやっているのだ」と彼女は言う。

火災の衝撃が社会に広まる一方で、社会的な分断はいつもより重要でなくなったと感じているという。

「教会で手助けしていた時ほど、地域で受け入れられたと感じたことはなかった。彼らは、私がどちら側の人間か、まったく気にしなかった。彼らの子供たちと遊んだり、おむつを替えたり、お茶やコーヒーを用意したりしたことだけが、重要だった」とドナルドさんは語った。

(Estelle Shirbon記者、Alistair Smout記者、翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

ロイター
Copyright (C) 2017 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

香港の高層複合住宅で大規模火災、13人死亡 逃げ遅

ビジネス

中国万科の社債急落、政府が債務再編検討を指示と報道

ワールド

ウクライナ和平近いとの判断は時期尚早=ロシア大統領

ビジネス

ドル建て業務展開のユーロ圏銀行、バッファー積み増し
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 5
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 6
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 7
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    「世界の砂浜の半分」が今世紀末までに消える...ビー…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 6
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 7
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中