ニュース速報

ビジネス

焦点:車軽量化へ「木」に脚光、鉄の5倍強い新素材の実用化急ぐ

2017年08月15日(火)07時46分

 8月15日、木などの繊維から作る「セルロースナノファイバー(CNF)」(写真右)が自動車の軽量化を実現する新素材として注目を集めている。矢野浩之・京大教授の都内の研究施設で7月撮影(2017年 ロイター/Naomi Tajitsu)

[東京 15日 ロイター] - 木などの繊維から作る「セルロースナノファイバー(CNF)」が自動車の軽量化を実現する新素材として注目を集めている。実用化の大きな壁になっている製造コストについても、大幅削減に向けた技術開発が進み始めた。現在主流の鉄鋼やアルミ合金、炭素繊維などのライバルになる可能性があり、軽量化素材競争は一段と熱を帯びそうだ。  

<日本に有利な持続型資源>

CNFは木の繊維をナノレベル(ナノは10億分の1)まで細かくほぐした素材。鉄に比べて重さは約5分の1と軽く、強度は5倍以上。植物由来のため二酸化炭素(CO2)の排出削減につながり、国土の7割を森林が占める日本にとっては調達しやすい持続型資源としての期待が大きい。  

CNFの研究は京都大学の矢野浩之教授が20年ほど前から始めた。研究のきっかけの1つは、米国の大富豪ハワード・ヒューズ氏が製造し、1947年に初飛行した世界最大の飛行機が木製だったことだ。同教授は「木で空を飛べるなら車も作れるのではと考えた」と話す。

CNFはすでに化粧品や大人用紙おむつ、ボールペンなどに採用されている。車部品向けは、デンソー<6902.T>、ダイキョーニシカワ<4246.T>、トヨタ紡織<3116.T>など約20の企業、大学などが参画し2020年までに10%の軽量化を目指すプロジェクトが昨年末から環境省主導で動き出すなど、実用化への機運が高まっている。

<新製法で製造コスト10分の1>

「軽量化は(車づくりの)永遠のテーマ」と語るトヨタ自動車<7203.T>の車体開発設計者、松代真典氏は、CNFが需要を増やせるかどうかは「低コストで作れるかどうか」にかかっていると指摘する。  

CNFを車部品に使うには合成樹脂との混合が必要。だが、CNFと樹脂を混ぜるのは水と油を混ぜるような難しさがあり、その実現には複数の工程が必要であるため、製造コストは1キログラム当たり5000円―1万円だった。  

この課題解決のため京大などが昨年、新製法「京都プロセス」を確立、別工程だったパルプのナノ化と樹脂との混合を同時に行う方法を生み出した。新製法で量産が進めば製造コストは1キロ1000円まで下がるとみている。炭素繊維の約3000円と比べても安い。  

矢野教授は「車用材料という大きな市場を狙いたい」と話す。軽量化素材として現在広く使われる1キロ200円の高張力鋼(ハイテン材)などと競えるよう、同教授は30年までに1キロ約500円を目指す。  古河電気工業<5801.T>も電線ケーブルで培った樹脂加工技術を応用し、製造コストを現状の約10分の1に下げる技術を開発中だ。試作では1キロ400円のめどがついており、24年には量産技術を確立する考えだ。   

車用の内外装部品メーカー、ダイキョーニシカワは金属から樹脂への切り替えを進めており、同社広報の石野幸彦氏は「CNFを混ぜることで樹脂の可能性がもっと広がるのでは」と期待する。

<既存素材も競争力強化>

CNFは「ポスト炭素繊維」との声もある。炭素繊維は軽量化ニーズに応える新素材として先行してきたが、製造コストはCNF同様まだ高く、リサイクル性が弱い。ただ、炭素繊維を織り込んだ強化樹脂(CFRP)の採用は広がりつつあり、独BMWやトヨタなど一部車種で使われている。

炭素繊維市場を先頭で引っ張ってきた東レ<3402.T>は「製造プロセス全体でペイするか、部品として値段が下がるかどうかが一番大事」(広報)とし、加工しやすい中間材料や加工方法などを開発して取引先にコストが下がる提案をしているという。 

新日鉄住金<5401.T>の栄敏治副社長は、現状ではアルミが鋼材市場を侵食しているとする一方、「CNFはまだ研究段階」と語る。ただ、軽量化に向けた競争力強化は「極めて大きな経営課題。最優先で進めている」といい、対抗戦略の1つとして、例えば炭素繊維と鉄を組み合わせるなどの「複合素材」を検討している。

<コスト下がれば「当然、脅威」> 

神戸製鋼所<5406.T>の川崎博也社長は、30年時点では「CNFを含めた樹脂はメインにはなっていない」との見方で、「スチールとアルミの組み合わせが主流」とみている。「足元もアルミへの期待度やオファーは強く、アルミを使いたいという需要が強いと感じる」という。

日本アルミニウム協会の岡田満会長(UACJ<5741.T>社長)は、CNFのコストが下がり、競争力がつけば「当然、脅威となる」と指摘。「脅威を感じながら、アルミの良さをどう活かすか、さらなる開発に力を注ぐ」と語った。  

専門家らは高張力鋼やアルミ合金も中期的にコスト競争力を維持し続けるとみているが、経済産業省は技術進化と大幅な製造コストの低下により、国内CNF市場が30年に1兆円、車用材料向けは最大約6000億円と予測している。

(白木真紀、田実直美、大林優香)

ロイター
Copyright (C) 2017 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

フィリピン副大統領弾劾訴追案、下院が承認 上院に送

ワールド

インドネシア、24年成長率は3年ぶり低水準の5.0

ビジネス

24年金需要は1%増で過去最高、今年も不確実性が下

ビジネス

野村HDの10―12月期、主要3部門の税前利益8割
MAGAZINE
特集:中国経済ピークアウト
特集:中国経済ピークアウト
2025年2月11日号(2/ 4発売)

AIやEVは輝き、バブル崩壊と需要減が影を落とす。中国「14億経済」の現在地と未来図を読む

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「体が1日中だるい...」原因は食事にあり? エネルギー不足を補う「ある食品」で賢い選択を
  • 2
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    マイクロプラスチックが「脳の血流」を長期間にわた…
  • 5
    中国AI企業ディープシーク、米オープンAIのデータ『…
  • 6
    教職不人気で加速する「教員の学力低下」の深刻度
  • 7
    脳のパフォーマンスが「最高状態」になる室温とは?…
  • 8
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 9
    DeepSeekが「本当に大事件」である3つの理由...中国…
  • 10
    AIやEVが輝く一方で、バブルや不況の影が広がる.....…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 6
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    老化を防ぐ「食事パターン」とは?...長寿の腸内細菌…
  • 9
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 10
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 10
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中