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焦点:「発送電分離」も法制化へ、電力新規参入や業界再編に布石

2015年03月03日(火)18時48分

 3月3日、来年4月の電力小売りの全面自由化に続き、政府は2020年4月から大手電力会社に送配電部門の分社化を義務づける「発送電分離」への関連法案を閣議決定した。写真はソフトバンクの孫社長、2月撮影(2015年 ロイター/Thomas Peter)

[東京 3日 ロイター] - 来年4月の電力小売りの全面自由化に続き、政府は3日、2020年4月から大手電力会社に送配電部門の分社化を義務づける「発送電分離」への関連法案を閣議決定した。今国会中の成立を目指す。

硬直的な電力産業を自由な市場参入と競争に基づくサービス産業に変貌させる政府の電力システム改革は、具体的な実施段階に入る。

電力改革の成否を握る大きなカギの一つは、異業種からの参入の広がりだ。新たな電力市場を視野に、すでに通信業者などによる本格的な新規参入の動きも相次いでいる。さらに、戦後60年以上に及んだ電力事業の地域独占と発送電一貫体制が崩れる中で、電力各社による再編などの論議が一気に表面化するとの見方も少なくない。

<主婦の熱意が市場を動かすか>

家庭やコンビニなど小規模店舗で使う小口の電気は、現在は地域独占の大手電力からしか買うことができない。これが昨年の法改正によって、来年4月からは新規参入組を含め大手以外の事業者から消費者が契約できる制度が整った。

電力小売り市場は大規模工場など大口需要家向けに2000年から部分的に開放され、その後、対象が拡大された。だが、新規参入事業者の全電力需要に占めるシェアは2.6%(2013年度)に止まっており、規制緩和が成果を挙げたとは言い難い。

経済産業省は、小売り全面自由化に加えて発送電分離を導入することで、新規参入組が大手と同等の条件でネットワーク設備を利用できる環境を整え、競争を促進する仕掛けを盛り込んだ。

同省はまた、新規参入組が顧客に売る電気を確保しやすくするよう、大手電力に対し余剰電源を卸電力取引所に供給する「球出し」も促す方針だ。

一連の改革によって電力市場に本格的な競争が起きるのか。電力システム改革に関する経産省の有識者会議に参加する圓尾雅則・SMBC日興証券マネージング・ディレクターは、ロイターの取材に対し「主婦層を対象とした自由化だから、競争は必ず起きる。スーパーのチラシをチェックして1円でも安い野菜を買いに行こうという消費行動を持つ人が、安い電気を選ばないわけがない」と強調した。

<ソフトバンク<4726.T>に集まる注目>

経産省のある幹部は「通信事業者、ハウスメーカー、自動車、家電など小売り分野にはたくさんの事業者が参入するだろう。電力会社では、小売り部門が影響を受ける」と予想する。

同省が公表した電力小売りの新規参入者は577社(2月末)に上る。その中には、トヨタ自動車<7203.T>系やソフトバンク系、パナソニック<6752.T>、オリックス<8954.T>、商社や石油元売りなど多数の有力企業が名を連ねる。

そのなかでも特に注目を集めているのが、ソフトバンクの動向だ。孫正義社長は、昨年6月の会見で電力と通信事業の相乗効果について、「携帯電話などで約5000万人に通信サービスなどを提供している。日本の半分近い人々に電気もセット販売できるようになれば非常に面白いサービスになる」などと語り、電力参入に意欲を隠さない。

電力とIT業界に詳しいある関係者は、「携帯電話で、もうけが出るまで投資を続けた成功体験がソフトバンクにはある」と、同社のしぶとさに期待をかける。

ある電力業界関係者は、電気料金の引き下げを実現するとすれば、異業種からの参入者が本業の潤沢な収益を原資にして行うシナリオが最も現実的だとみる。「例えば、携帯電話を3年契約してくれたら、電気料金を10%値引きする」といった内容だ。

「ソフトバンクは発電所の建設計画があると、すぐに『必要な資金を出す』といって乗り出してくるという。電気事業でもメジャープレーヤーになるだろう」と同関係者は予想する。

改革の成果を目に見える形で実現したい経産省が、こうした流れを後押ししているのは確実だ。国内の原発が全て停止する中で、日本の電気料金は「家庭向けで約2割、産業用で約3割、東日本大震災前に比べ上昇している」(経産省)。それだけに新規参入による価格引き下げ効果への期待は大きい。

<東電と中部電が仕掛ける大手間の競争>

こうした新規参入の動きに対し、大手電力側で注目されるのは、東京電力<9501.T>と中部電力<9502.T>の動向だ。

両社は昨年10月、火力分野の包括提携で合意した。2月に締結した契約では、4月に折半で設立する共同出資会社が、両社の古い火力発電所の新設・建て替えを実施。既存の発電所も新会社に統合することを検討し、2、3年かけて結論を出すという。

提携内容は、日本の電力供給の地域的な制約を崩す重要な意味を持つ。日本では電気の周波数が静岡県・富士川から新潟県・糸魚川を境に、東側が50ヘルツ、西側が60ヘルツに分断されている。違いをまたいで送電できる量は非常に限定的で、電力会社間の競争が起きにくい原因になってきた。

だが、今回の提携により、東電は西地域で、中部電は東地域でまとまった規模の電源を確保することが可能になる。この結果、例えば、東電は全国展開するコンビニチェーンに対し、一括して電気を売ることができ、中部電は全国にあるトヨタの工場や事業所などに同様のサービスを提供できるようになる。

「成長戦略として関東エリアで収益基盤を強化したい。東電とのアライアンスが十分に寄与すると考えている」。中部電の水野明久社長は、昨年10月、東電と提携で合意した際の記者会見でこう語った。

同社長の淡々とした発言に、ある大手電力会社の関係者は「背筋が寒くなった」と驚きを隠さない。一般企業の経営者ならばともかく、地域独占が当たり前だった電力業界で、会社のトップが他地域での収益拡大を明言するのは異例のこと。同社長の発言は、中部電が本格的な競争に舵を切る意思表示と受け止められた。

東電の広瀬直己社長は2月、ロイターなどの取材で、中部電が首都圏に営業攻勢をかけた場合の対応について、「関東地方でそうしたことが起これば、中部地方でも同じことが起こるという考え方でやっていく」と述べた。東電と中部電の提携は小売りは対象にはなっておらず、この分野では競争相手となる。

東電と中部電の動きは既に他の大手電力に影響を与えている。関西電力<9503.T>の八木誠社長は2月の会見で「東地域で電源を確保するのは大きな戦略になる」と答えた。関電をめぐっては、東京ガス<9531.T>と火力発電所の建設などをめぐり提携交渉に入ったとの観測も浮上している。

このほか、首都圏への電力供給強化を狙うなら、東電と同じ周波数地域の東北電力<9506.T>と提携を狙う機運が高まる可能性もありそうだ。

SMBC日興証券の圓尾氏は、「本当に競争が起きると(業界が)予想すれば、西日本の電力会社間で東北電力の奪い合いが始まるはずだ」と指摘している。

(浜田健太郎 志田義寧 編集:北松克朗)

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