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焦点:スイス中銀閉鎖性に批判広がる、「3人で政策決定」妥当か

2015年02月26日(木)16時42分

 2月25日、スイス国立銀行(SNB、中銀)が1月15日にスイスフランの対ユーロ上限を撤廃して6週間が過ぎたが、経済情勢がさえない中、スイス中銀への批判は高まる一方だ。ベルンで1月撮影(2015年 ロイター/Thomas Hodel )

[チューリヒ 25日 ロイター] - スイス国立銀行(SNB、中銀)が1月15日にスイスフランの対ユーロ上限を撤廃して6週間が過ぎたが、経済情勢がさえない中、スイス中銀への批判は高まる一方だ。集中砲火を浴びているのは、スイス中銀の閉鎖的な意思決定の仕組みや、独特のオーナーシップ(出資)構造だ。

今年は選挙の年ということもあって、中銀への圧力が一段と強まることが予想される。スイス社会民主党(SP)は、SNBの政策理事会がたった3人で構成されていることについて、不透明な政策決定につながっている、として問題視。議会で取り上げるよう求めている。

SPの議員は先週、理事の1人と会見したが、満足の行く回答は得られなかったようだ。スーザン・ロイテンエッガー・バーホルツァー議員はロイターに対して「スイスの運命に対して、3人の人間が政府よりも大きな影響力を持つというのは、おかしいのでは」と訴えた。

スイス中銀がフラン上限を撤廃したことを受けて、フランは急伸し、欧州への輸出に大きく依存しているスイス経済は大打撃を受けた。

スイス中銀は物価安定維持という責務を負っており、ウェブサイトでは「経済成長を実現するため適切な環境を整備する」とうたう。景気低迷が長引けば、スイス中銀の手腕への信頼感がますます低下しかねず、政治家からの批判を無視することも一層難しくなるだろう。

ハンブルク大学のトマス・シュトラウブハール経済学教授は「フランの下落、または上昇阻止に向けあらゆる手段をとるよう中銀への圧力は強まるだろう」と指摘。「ただ選択肢は非常に限られる」と述べた。

スイス中銀はユーロ圏債務危機が深刻だった2011年、1ユーロ=1.20フランの上限を設定。今回の上限撤廃に際しては、欧州中央銀行(ECB)の量的緩和を控え、上限維持は持続不可能なためと説明した。

スイスのメディアでは、よくぞ難しい決断を下したと中銀に好意的な論調もある。しかし、今回の決定をきっかけにスイス中銀への厳しい見方が広がったことも事実だ。

<政策決定はたった3人>

批判の対象になっているのは、スイス中銀の政策決定の仕組みだ。

米国では、米連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバー12人が金融政策を決定する。イングランド銀行は9人、欧州中央銀行(ECB)はユーロ圏各国の中銀総裁19人を含む25人が政策決定を行う。

それに対して、スイス中銀の政策理事会を構成するのは、たったの3人だ。全員が似たような職歴を持っていることから、活発な意見交換ができないのではないか、と懸念する見方もある。

もう1つの問題点は、スイス中銀には同国の州が出資しており、州が中銀の利益を分け合うという、スイス独特のオーナーシップ構造だ。

フラン上限を維持すればスイス中銀のバランスシートに損失が発生する恐れがあった。通常は中央銀行にとって問題とはならないが、スイスの場合には、中銀から移転される資金に依存する州を怒らせる可能性がある。

著名エコノミストのベアトリス・ウェーダー・ディ・マウロ氏と、バリー・アイケングリーン氏は今月、上限撤廃を「完全に政治的」だとして批判。ジョルダン中銀総裁がすぐに否定するという一幕があった。

エコノミストらは、州が出資する構造を変えるべきと主張する。

<残された選択肢は「ユーロ上昇待ち」>

ジョルダン総裁ら3人の理事にとって、残る選択肢は非常に限られている。

データによると、スイス中銀は市場介入を続けているようだ。フラン相場は25日は1ユーロ=1.077フランと、上限が撤廃された1月15日につけた0.86フランよりは許容できる水準に落ち着いた。

しかし、実体経済の状況は、あまり思わしくないようだ。

仏エンジニアリング大手アルストムは最近、競争上の懸念から、スイスのノイウハウゼン工場で従業員の半分にあたる50─60人を削減することを決定。その他の企業の間でも、値下げや、納入業者に値引きを迫ったり、従業員に長時間労働させる動きがあるという。

スイス経済研究所KOFは昨年12月、2015年の経済成長率を1.9%と予想したが、今は0.5%のマイナス成長を予想している。

フラン上限の再導入を主張する向きも一部にはあるが、現実的ではない。結局のところ、欧州経済が回復してユーロが上昇するのをじっと待つ以外に、有効な選択肢はなさそうだ。ビジネススクールIMDのファイナンス教授、アトゥーロ・ブリス氏は「スイス中銀の評判をこれ以上、傷つけないようにするためには、これが唯一の道」と語った。

(Alice Baghdjian記者、Katharina Bart記者 翻訳:吉川彩 編集:加藤京子)

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