コラム

共通の敵に分断された米韓と日本

2009年06月01日(月)13時43分

 北朝鮮に対する先制攻撃力をもとうとする自民党の動きが、5月25日に北が核実験を強行してからさらに勢いを増している。麻生太郎首相は5月下旬に2度にわたり、自衛のための敵基地攻撃は1955年から法理上も可能だと語った。

 そして米政府も、この議論に間接的に発言した。5月30日、シンガポールで開かれた国際会議でロバート・ゲーツ米国防長官は、東アジアの同盟国を守るアメリカの本気度を心配する日本と韓国の安全保障エリートに対して次のように言った。韓国も日本も自国と国境を越えた集団的安全保障の責任を負うまでになった。「従ってアメリカは、保護者ではなくパートナーになるよう立場を調整する。ただしそれは、同盟国としての責務のすべてを果たす用意と能力があるパートナーだ」

 曖昧なメッセージだ。一方では同盟国の貢献を歓迎しながら、他方では、同盟国の守り手としてのアメリカの役割を強調している。米政府が日本国内の議論に直接口を出すことを控えているのはいいことだ。だが、アメリカには日本の変化を懸念する理由が十分あると思う。

■日本の防衛より大きな問題がある

 北朝鮮に対するアメリカと日本の対応が違う理由の一つは、地理的近接性や拉致問題、国内事情などの他、米韓の同盟関係にあることはまちがいない。

 日本は、北朝鮮政策をひたすら自国の国益の枠内で考えられる。隣りのならず者国家から国民の命と国土を守るのだ。

 アメリカの北朝鮮政策は視野がより広い。アメリカは核物質拡散の脅威や、国際的な核拡散防止体制の維持にも腐心している。また日本の安全保障だけでなく、韓国の安全保障のことも考えなければならない。

 米韓同盟と日米同盟の摩擦は、日米同盟の動揺のもとだ。韓国を防衛する法的な義務を追うアメリカは、軽々に北朝鮮を刺激するようなことはできない。実際、北朝鮮が通常兵力でソウルを襲ったときの被害を考えれば、米軍が北朝鮮を攻撃することはまずできない。そのために、アメリカの北朝鮮に関する発言も抑制的にならざるをえない。

 国際政治ブログ「ザ・インタープリター」の編集長サム・ロッゲビーンが書いたように、ゲーツ国防長官のシンガポールでの演説が意味するのは、朝鮮半島非核化の難しさを踏まえた上の封じ込め策だという可能性もある。

 米政府が、3月に北朝鮮が弾道ミサイルを発射する前、米領土を標的としたミサイル以外は迎撃しないと否定したことも思い出される。日本のエリートはこれを、日米安保があてにできない証拠と受け止めた。

 そうかもしれない。だが本当は、アメリカが日本の防衛に本気でないというよりは、日本の防衛より大きな問題があると言ったほうがいいだろう。

■自国防衛で周辺諸国が焦土になる?

 だからこそアメリカ(と韓国)は、日本が自前の先制攻撃能力を手に入れることを警戒すべきだ。韓国とはいかなる同盟関係もない日本には、北朝鮮と対決するにあたって韓国の安全を考慮しなければならない理由がない。もし北のミサイル発射が近いと察すれば、日本国土に対する直接の脅威という根拠だけで行動できる。日本が北朝鮮に対する先制攻撃を行えば、体制崩壊が怖いか攻撃源を特定できないなどの理由で北は韓国を攻撃し始めるかもしれない。

 だが、日本はそんなことは考えない。地域の条約の制約を受けない日本は、新たな「攻撃的防衛」能力を行使でき、その過程でより広範な地域の危機を引き起こすだろう。それも、領土拡大の野望のためではなく、外敵に対してひたすら自国を守ろうとしただけで。

 こんなシナリオはありそうにないかもしれない。自民党が検討している新防衛大綱に対する提言が本当にそのような先制攻撃能力をめざす計画を盛り込むかどうかもわからない。

■対北朝鮮政策では日本は引きこもり

 だがどんなに可能性は低くても、韓国は日本との溝を埋めるための話し合いをするべきだ。そして北朝鮮の脅威について考えるときは、自国だけでなく周辺地域の安全保障も併せて考えるよう仕向けるのだ。言い換えれば韓国(とアメリカ)は、日本政府が拉致問題の解決を日本の対北朝鮮政策の中心に据えたことによるダメージを修復する必要がある。この決定により、日本は北朝鮮政策で自分だけの世界に引きこもってしまった。北朝鮮を自分だけのレンズを通して見て、他の国が北朝鮮を制御するのにどれだけ苦労しているかという視点にはほとんど注意を払わない。

 アメリカと日本、韓国が5月30日にシンガポールで初の防衛相会談をもてたことには勇気づけられる。もし日本が独自の攻撃能力を手に入れたいなら、先制攻撃はもちろん、言葉による威嚇であってもそれが周辺諸国にどんな影響を与えるかを考えながら、責任ある使い方をしなければならない。

 たとえ東アジアと公式の同盟関係がないとしても、地域の安全保障と安定は日本の国益だ。それを理解すれば、日本の指導者はこの地域の安定を保とうとするアメリカの努力、とくに韓国の防衛にもっと感謝するようになるだろう。そして、アメリカが自制しているからといって今ほど不安にならず、自前の攻撃能力の必要性も今ほど感じなくなるだろう。

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ショルツ独首相、2期目出馬へ ピストリウス国防相が

ワールド

米共和強硬派ゲーツ氏、司法長官の指名辞退 買春疑惑

ビジネス

車載電池のスウェーデン・ノースボルト、米で破産申請

ビジネス

自動車大手、トランプ氏にEV税控除維持と自動運転促
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story