コラム

新・駐日米大使ルースに落胆する愚

2009年05月24日(日)06時54分

 ホワイトハウスはまだ正式に発表していないが、オバマ政権は次期駐日大使に、シリコンバレーの企業弁護士で大統領選では陣営の資金調達に一役買ったジョン・ルースを選んだと報じられている。

 この人選に関し、日本側にはあからさまな落胆も見える。産経新聞の古森義久ワシントン駐在編集特別委員は自身のブログで、過去の大使の功績を並べたうえで、ルースの功績は「選挙での資金集め」だけだと結論付けている。もちろん、ユタ州のジョン・ハンツマン知事の中国駐在大使への登用と比べて、物足りないと評するのも忘れていない。

 問題なのは日本のメディアがフライングで誤報を流したことだ。朝日新聞がオバマの対アジア政策を予測するなかで、まだ大統領就任前だったにもかかわらず、ジョセフ・ナイ元国防次官補が駐日大使になると決めつけたことを思い出して欲しい。日本の関係者が落胆するのは勝手だが、その責任は先走って「ナイ大使内定」を報じた新聞にあるのではないか。

■中国大使との比較はナンセンス

 ではルースはどうなのだろうか? これは特筆すべきニュースでも、日本への面当てでもない。いたって普通の人選だ。日本の外交関係者は同盟関係が揺らいでいるとか危機に陥っていると言って心配しているが、オバマ政権はそう思っていない。どんな同盟関係にも問題はあり、日米同盟が他の同盟関係よりも深刻な危機にあるわけではない、と見ているようだ。中国駐在大使の人選と比較するのは間違っている。

 大使の人選は政権から見た外交相手のランク付けを反映しているのではない。相手国との間に横たわる問題の大きさを反映している。中国語に堪能で外交経験豊かなハンツマンを中国駐在大使に登用したのは、そういう人物が必要だからだ。中国を国際社会の「責任ある利害関係者」として行動するよう促すためには、この国で十分な影響力がある人材が必要だ。

 日米同盟にそれだけの人物を必要とする懸案事項はあるだろうか? ハーバードの教授かまたは日本語に堪能な人物でなければ、新潟から日本海を見据えることはできないのだろうか? またナイが大使になれば米軍再編が促進されて普天間基地の移設問題が解決するだろうか? ルースはナイより良いのか悪いのか? 

 何が本当に問題かのかを考慮せずにルースの人選を日本への侮辱と解釈するのは早計だ。

 私はルースに期待している。すぐに多くを学ぶだろうし、部下には第一級の日本専門家もいる。日米関係のかなりの部分を国防省と在日米軍が掌握しているので、ルースの負担は他国への大使より軽いだろう。そして大きな危機に直面したら、オバマに直接ものが言える人物だ。

■アメリカ依存の同盟が不安を生む

 日本側の不安は、結局は偏った依存関係の産物だ。日本にとっての日米同盟の重要性を考えれば、政府関係者がワシントンの発信する些細な信号にも不安を感じるのは仕方がない。しかしルースの人選は、日本がないがしろにされているというより、日本がアメリカにとって懸案事項ではなくなったと見るべきだ。有能な調整役が大使になる必要がないと。だからオバマ政権があたかも「善意の無視政策」をとっているように見える。

 この傾向は間違いなく今後もしばらく続く。防衛予算が削られるなかで日本の米軍への依存は変わらないだろう。あるいは今以上に増すかもしれない。多くの外交問題を抱えるアメリカ政府は、同盟関係の修繕より問題の解決を優先する。そして日本は、アメリカの外交問題の解決にどう貢献できるかという点で評価されるだろう。

 今回の騒動はアメリカ政府にとっても教訓となった。大使の政治的な人選はやめるべきだ(または政治的な人選が3割を超える現状を改善すべきだ)。アメリカの同盟国も、派遣される大使の質で自国の価値を計る程に落ちぶれるべきではない。大使はできれば現地語の知識や当該国での勤務経験がある外交官の職務とすべきだ。アメリカの外交力を向上させるのは、そんな極めてシンプルな考え方である。

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

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