コラム

警察よ、ムダな抵抗はやめなさい

2009年10月21日(水)17時39分

今週のコラムニスト:コン・ヨンソク

 東京に住んでいて、久しぶりに大いにムカついたことがあった。ジムで気持ちよく汗を流した後、車を運転して帰路についていたときのことだ。コラムのアイデアがおぼろげに浮かんだ僕は、近くの大きな公園沿いに車を止めた。忘れないうちにアイデアの糸口をつかみ、具体的な形にしておくためだ。

 だが、ほんの1~2分が経ったころだろうか。若い2人組の警官が、窓越しに近づいてきた。僕は駐車違反を取締まっているのかと思い、「わかりました」と合図して、すぐに車を出そうとした。

 だがそうではなかった。彼らは車の中を見せてほしいというのだ。その時僕が乗っていた車はディーラーから借りていた代車で、荷物は汗だらけの服が入った小さなナップザックだけだった。

 僕は「どうぞ見てください」と親切に答えたが、わざわざ車を降りて確認をしてほしいという。面倒くさいと思ったが、この国に住む多くの人のように従順に指示に従い、空っぽのトランクからすべてを見せた。さらにこれは代車だと説明し、これで終わりかと思ったらとんでもない展開が待っていた。

 なんと助手席にあったナップザックの中身まで見せろというのだ。その理由はさらに驚愕に値するものだった。酒井法子の事件が世間を騒がせていた時期だけにアレの取調べかと思いきや、刃物や凶器、危険物が入っているかもしれないというのである。

■独裁時代の韓国にもない「検問」

 おいおい! ここは歌舞伎町でも9・11直後のニューヨークでもアフガニスタンでもない。東京でも最も安全といえる武蔵野の閑静な住宅街で、自然豊かな公園の大通り沿いだ。時間は確かに23時を過ぎていたが、こんなところに刃物や凶器をもった人がホワイトパールの新車のステップワゴンを止めている確率は極めて低い。

 自分でいうのも何だが、そんな怪しい風貌でもないはずだ。しかも普通、これから殺人事件を起こそうという凶悪犯罪者が、短パンとスリッパ姿で従順に指示に従うだろうか。しかも湯上りのサッパリした姿で。

 日本在住20数年、いや、軍事独裁政権時代の韓国ですら、住宅地で何もしていない市民にかばんの中身まで見せろという検問は受けたことがない。市民生活を守るはずの警察が、市民のプライバシーと人権を侵害するなんて本末転倒ではないか。

 僕は得体の知れない怒りがこみ上げてきた。ここで国家権力に屈してはならない。ここで屈すれば彼らはさらにエスカレートする。今度はパンツの中身まで見せろと言い出しかねない・・・・・・。僕は市民として、断固かばんの中身は見せられないと意地を張った。

 それでも彼らは引き下がらず、僕は深夜の路上で人権、国家権力と市民の関係、日本の警察のあり方などについて、タダで講義をするはめになった。しまいには、君達はこんなことをしに警官になったわけではないだろう。君達が僕を取り締まっているこの30分間に本当の犯罪が起きるかもしれないと、説教までしてしまった。

「講義」の効果があったのか、決して人の悪くなさそうな2人は免許証を見せることで妥協した。何の違反もない1分間の停車のために、免許証を見せろというのも納得はいかなかったが、長期戦になるのも面倒だと思って応じた。

■免許証を見た途端に態度が急変

 すると、僕の名前を見て彼らの目の色が変わった。一気に形勢逆転といわんばかりの得意顔になり、今度は免許証の偽造を調べると言い出したのだ。1人が無線に向かって言った「外国籍のようです」という言葉は、僕にもはっきりと聞こえた。

 さらにその後には、僕に出身はどこかとまで聞いてきた。相手が日本人なら、何の違反もせず、怪しくも見えない人の免許証の真偽をわざわざ調べるだろうか? 出身地まで細かく聞くだろうか?

 僕は思わず言ってしまった。「今あなたが私の免許証を取り上げ、その真偽を丹念に調査し、出身地まで聞くのは私の名前が日本人風ではないからですか? だとすれば、それは立派な外国人差別ですよ」

 結局、僕の「疑い」は晴れたが、この出来事があってから僕の警察を見る目が変わった。日本の警察官はあまりに人数が多くて、よっぽどヒマなのだと思えてきたのだ。

 ニッポンの「お巡り」でドラマ『24』をリメイクしたらどうなるだろう。和製ジャックバウアーは交番を守り、自転車検問ばかり繰り返し、どうでもいいことを無線で連絡し、外国人(白人以外)を発見すると目の色を変えて身元を確認する。こんなもの一部のマニアにはウケるかもしれないが、シーズン1どころか初回で打ち切りだ。

 もちろん、安月給で一生懸命に働いてくれている警察官は沢山いると信じているし、感謝もしている。だが僕のコラムのアイデアを奪い、代わりにこんなネタを書かざるを得なくしたのは、ほかならぬ警察官だ。万が一、このコラムを読んで同情した鳩山由紀夫首相から警察予算の削減要求があったとしても、ムダな抵抗はやめてほしいものだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

上海でAI会議開幕、中国の李首相は世界的な協力組織

ビジネス

NASA、職員の20%が退職へ=広報

ワールド

タイとカンボジアの衝突3日目に、互いに停戦と交渉開

ワールド

台湾でリコール投票始まる、野党議員24人の解職に是
MAGAZINE
特集:山に挑む
特集:山に挑む
2025年7月29日号(7/23発売)

野外のロッククライミングから屋内のボルダリングまで、心と身体に健康をもたらすクライミングが世界的に大ブーム

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 2
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心中」してしまうのか
  • 3
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や流域住民への影響は?下流国との外交問題必至
  • 4
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 5
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 6
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 7
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 8
    レタスの葉に「密集した無数の球体」が...「いつもの…
  • 9
    機密だらけ...イラン攻撃で注目、米軍「B-2ステルス…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「電力消費量」が多い国はどこ?
  • 1
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 2
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人口学者...経済への影響は「制裁よりも深刻」
  • 3
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心中」してしまうのか
  • 4
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞…
  • 5
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 8
    「カロリーを減らせば痩せる」は間違いだった...減量…
  • 9
    父の急死後、「日本最年少」の上場企業社長に...サン…
  • 10
    約558億円で「過去の自分」を取り戻す...テイラー・…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 6
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 7
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story