コラム

ポンティアック、タワレコ、MDディスク......2000年代に消えたもの

2010年01月06日(水)10時48分

 ゼネラル・モーターズ(GM)がポンティアックとサターンの投げ売りバーゲンをすると発表した。どちらも2009年に生産を終えたブランドだ。

 09年5月にデトロイトに行った時、ポンティアック市を訪ねた。この街出身の有名人にはマドンナがいる。彼女の父親はポンティアックのエンジニアだった。

 ポンティアック工場の向かいにある労組事務所で話を聞いた。広報担当者は「工場がなくなれば、ポンティアックという市自体が消えてしまうだろう」と嘆いた。「いいかい? 私たちが生まれ育った町自体が消滅するんだ」

 ポンティアックといえば、筆者の世代にはなんといってもファイヤーバード・トランザムだ。ボンネットいっぱいに火の鳥を描いた70年代マッスル・カーだ。同じく70年代を象徴する胸毛にヒゲのスター、バート・レイノルズがトランザムでうるさいパトカーをやっつけるアクション・コメディ『トランザム7000』(77年)という映画まであった。それにしゃべる車『ナイトライダー』(特撮テレビドラマ)もトランザムがベースだったっけな。「ビューティフル・サンデー」のトランザムもたぶん、この車からバンド名を取ったはずだ。

 トランザム以外のポンティアックの車で有名なのは......思い浮かばない。サターンはGMが日本車に対抗して立ち上げた低価格小型車ブランドだが、こっちも名車と呼べるモデルがない。だからダメだったのだ。今回、バカ安で処分されるというので買ってみようかと思ってカタログを見ても、全然欲しくなる車がない。こりゃ、つぶれるよ。

 ポンティアックとサターン以外にも、2000年代にはアメリカからいろいろなものが消えた。

 2006年にはタワーレコーズが潰れた。家の近くにあったタワレコには、ほとんど毎日通った。CDよりも雑誌が目当てだった。タワレコには世界中のアングラな雑誌が置かれていた。お気に入りはイギリスの「Bizarre」という雑誌で、SM、ピアシング、タトゥーをはじめ、ありとあらゆるアングラ情報にあふれていた。テネシー大学の死体農場やウォシャウスキー兄に妻を寝取られたマッチョマン(実は元女性。筋肉スキンヘッド親父だが女性器がある)のグラビアは強烈だった。

 アメリカでは再販制度の廃止と共に独立経営の書店が全部つぶれて、新刊書店はBarnes&NobleとBordersの2大チェーンだけになってしまったのだが、その2つは、裸が載ってる雑誌は売らない。だから、タワレコだけがオアシスだった。どういう選択基準なのか「アップル通信」と「投稿ニャン2倶楽部」が毎号入ってたし。

 2009年初めには全米のバージン・メガストアも閉店した。サンフランシスコ、マンハッタン、ハリウッド、全米3大都市のド真ん中にはバージン・メガストアがあって、待ち合わせには最高だったのに。でも、しょうがない。いくら騒いでもCDの時代は終わるんだから。

 アメリカ最大のDVDレンタル・チェーン「ブロックバスター・ビデオ」が次々に閉店している。Netflixに押された結果だ。Netflixは郵便でDVDを配達し、返却の送料は無料、それにレンタル期限は無期限だから、既にアメリカの主流になってしまった。そのNetflixはすでにオンライン配信へのシフトを始めている。

 年末に大掃除してたら、10歳になる娘が赤ん坊の頃に撮ったミニDVテープが山ほど出てきた。観たいけど、観られない。ミニDVのカメラはとっくに壊れてしまったから。次に買ったDVDビデオカメラも既に時代遅れで、今の主流はFlipだ。

 それから、インタビュー録音用のMDレコーダーとMDディスクや、パソコン用のZIPドライブとCDドライブも出てきた。どっちもちゃんと動くのだが、持っていてもしょうがない。買ったのはついこの間なのに。

 HP(ホームページ)は滅び、ブログも飽きられ、SNS離れも進んでいる。今はTwitterだが、それも来年の今頃には「ダサッ」と言われてるね、このペースだと。

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、ウクライナの長距離ミサイル使用を制限 ロシア国

ワールド

米テキサス州議会、上院でも選挙区割り変更可決 共和

ビジネス

植田日銀総裁「賃金に上昇圧力続く」、ジャクソンホー

ワールド

北朝鮮の金総書記、新型対空ミサイル発射実験を視察=
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋肉は「神経の従者」だった
  • 3
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で見つかった...あるイギリス人がたどった「数奇な運命」
  • 4
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 5
    『ジョン・ウィック』はただのアクション映画ではな…
  • 6
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 9
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 7
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子…
  • 10
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story