コラム

お笑い「悪の枢軸」

2009年07月01日(水)17時46分

 前回に引き続いてデトロイト取材の話から。

 デトロイトで最後に立ち寄ったのはフォードの城下町、デアボーン。街に近づくとアラビア語の看板が目立ち始める。ここはアメリカでも最もアラブ系の多い街なのだ。20世紀初め、自動車を作り始めたフォードは組立工にレバノンやシリアからの移民を雇い入れたからだ。

 現在、アラブ系アメリカ人の人口は約110万人。全人口の0・4パーセントほどだが、錚々たる著名人を輩出している。デアボーンの市庁舎前に建つアラブ系アメリカ人博物館に入ると、アラブ系の偉人たちの展示がある。アップルのスティーブ・ジョブズ(シリア系)、歌手のポール・アンカ(レバノン&シリア)、ホワイトハウス記者ヘレン・トーマス(レバノン)、2000年の大統領候補だったラルフ・ネイダー(レバノン)、それに俳優のベン・アフレックもレバノン系だ。

 ちなみにウチの近所のベイエリアにも多くのアラブ系が住んでいる。前住んでいた家のお隣さんだったマレックちゃんという少女のパパはクェート系でママはイラン系だった。ママはガソリンスタンドを経営していた。中東やアフガン、インド系には酒屋やコンビニ、ガソリンスタンドの経営者が多い。マレックちゃんのパパは「ハウリング・モンキー」というエネルギー・ドリンクを企画販売しているビジネスマンだった。「ビタミンとカフェインと高麗人参も入ってるよ」とのこと。

 マレックちゃんのママは「イランはペルシャ系だからアラブと違うのよ」と言っていた。ペルシャ人はコーカソイド(白人)だから人種的にも違うのだが、そういうことはアメリカでも知らない人のほうが多い。特に9・11テロの後はアラブもイランもアフガン(アジア)もイスラムのテロリストとごっちゃにしがちだ。実際はアラブ系アメリカ人の6割以上はキリスト教徒なのだが。

「飛行機に乗ろうとするたびにオレだけ必ずボディチェックされるんだ」

 エジプト系コメディアンのアフメド・アフメドは空港での苦労話が持ちネタ。

「係員がオレのパスポートを読み上げ『アフメドさん』と言っただけで、周りの客は真っ青。『彼、メキシコ系かと思ってたのに! この飛行機を乗っ取る気ね!』って顔しやがる」

 インターネットで自分の本名を検索すると指名手配のテロリストが出てくるので嫌になる、と言う。

「でも、相手も嫌だろうな。『検索したらコメディアンが出てきた。俺はお笑いじゃない! テロリストだ!』って」

 イラン系のコメディアン、マズ・ジョブラニのネタはやっぱり「ペルシャはアラブと違う!」

「僕はねえ、ペルシャですから。猫ちゃんみたいに可愛いの。でも、ガソリンの値段が上がった理由を僕に聞かないで!」

 ジョブラニは俳優としても数多くのTVドラマに出演しているが、中東系だとテロリストの役ばかり回ってくるとボヤく。

「飛行機のパイロット役は絶対に回ってこないね!」

 アラブ系やイラン系のコメディアンたちはグループを作って活動している。その名も「悪の枢軸」。シャレがキツい!

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル極右財務相、「パレスチナ国家構想葬る」入

ワールド

プーチン氏に合意の用意、即時停戦の実現不透明も=ト

ワールド

米ロ首脳会談、文書署名の予定なし=ロシア大統領府

ワールド

プーチン氏、米はウクライナ和平で「誠実な努力」 核
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化してしまった女性「衝撃の写真」にSNS爆笑「伝説級の事故」
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 5
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 6
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 7
    「デカすぎる」「手のひらの半分以上...」新居で妊婦…
  • 8
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 9
    「ホラー映画かと...」父親のアレを顔に塗って寝てし…
  • 10
    マスクの7年越しの夢...テスラ初の「近未来ダイナー…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 3
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何か?...「うつ病」との関係から予防策まで
  • 4
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 5
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 6
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 9
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story