コラム

厚労省は薬のネット販売規制になぜこだわるのか

2013年11月12日(火)18時49分

 自民党は12日の総務会で、大衆薬のインターネット販売についての薬事法改正案を了承した。劇薬5品目は全面禁止、医療用から切り替わった直後の23品目は市販後3年間はネット販売を認めない。これに楽天の三木谷社長が反発し、法改正が行なわれるなら政府の産業競争力会議の民間議員を辞任すると表明した

 この問題については5年以上にわたる論争が続き、最高裁判決で決着がついたと思っていたのだが、今度は法改正で規制する厚労省の執念には驚いた。「規制されるのは市販薬の0.2%だけだ」というが、それなら逆に解禁しても大した影響はない。なぜここまで「薬剤師のチェック」にこだわるのだろうか。

 ことの発端は、2008年に決まった薬事法改正にともなう省令だった。厚労省がそれまで自由だった大衆薬のネット販売を規制し、薬に第1類、第2類、第3類という区分を設けて、ネット販売できるのは第3類(売り上げ全体の1/3)だけに限定したのだ。

 このためネット販売サイトは経営が成り立たなくなり、大手のケンコーコムはシンガポールにウェブサイトを移転する一方、厚労省の規制は憲法違反だとする行政訴訟を起こした。この訴訟は二審で原告が勝訴し、その判決を最高裁が支持して確定した。

 ただ、この判決は「法律に禁止規定がないのに省令で一律に規制するのは違法だ」と指摘をするにとどまり、ネット規制そのものを憲法違反としたわけではない。文字どおり受け取れば、法律に禁止規定をつくって品目別に(一律ではなく)規制すればいいと読むこともできる。そして厚労省は、そういう解釈で法改正をするわけだ。

 問題は、この規制で安全性が担保されるのかということだ。厚労省は「対面販売で説明する必要がある」というが、私は規制対象になるコンタック鼻炎スプレーもアレジオンも薬局で買ったことがあるが、一度も薬剤師に説明を受けたことはない。ネット販売のほうが確実に客に対して質問できる。

「薬剤師がいないと薬害が出る」と薬剤師会から政治献金を受けている政治家はいうが、薬害の責任は製薬会社にあり、薬剤師が防ぐことはできない。「薬剤師が濫用の歯止めになっている」というが、睡眠薬を大量に買おうと思えば、複数の医者に行って複数の薬局で買えばいい。むしろ顧客の履歴をネット上で情報共有したほうがこういうリスクは防げる。

「目で見て病状を確認する必要がある」というが、それならSkypeなどのテレビ電話で確認してはどうか、という提案に田村厚労相は「薬剤師の五感で確認する必要がある」と答えた。テレビ電話では、においがわからないというのだ。ここまで来ると、彼らの目的が安全性ではないことがわかるだろう。

 本当のねらいは、薬剤師の免許業務を守ることにある。日本の薬剤師は約28万人で、人口あたりの数は世界で2番目に多く、今後も増え続ける。薬学部を6年生にしたりして参入障壁を高くしているが、楽してもうかる薬剤師は増える一方だ。薬剤師には免許が必要だが、やっていることは医師の処方箋のとおり薬を出すだけだ。昔のように調合するわけではないので、免許の必要性は疑わしい。

 ネット販売でも、安全性は保てる。アメリカのAmazon.comでは、今回の規制対象になった薬も日本から買うことができる。医師の処方する処方薬は日本からは買えないが、アメリカ国内からなら、処方箋をEメールで見せれば買える。それが本丸なのだ。

 大衆薬の市場は6043億円だが、処方薬は9兆5600億円とその16倍近くある。これはネット販売はもちろん、ドラッグストアでも売れない薬剤師の利権だ。薬価は薬価基準で守られているので、利益が大きい。大衆薬のネット販売を認めると、今度は処方薬もネットで、という話になることを厚労省と薬剤師会は恐れているのだ。

 こういうとき官僚が「安全性にかかわる問題だ」というと、政治家もマスコミも思考停止してしまうが、これは放射能と同じ詭弁である。上のように具体的に一つ一つ検討すれば、薬剤師にチェックできてネット販売にできないことは、においをかぐことぐらいしかない。

 自民党は了承したが、閣議決定という最後の関門は残っている。三木谷氏もいうように、ここで既得権に妥協したら、アベノミクスの「第三の矢」は終わりだ。安倍首相の政治決断が必要である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベトナム、「新興国市場」への格上げで最大60億ドル

ワールド

TikTok、フィンランドに第2データセンター建設

ビジネス

インド中銀が金利据え置き、紛争で見通し不透明 イン

ワールド

英シェル、第1四半期ガス生産見通しを下方修正 イラ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライナ軍司令官 ロシア軍「⁠春の​攻勢」は継続
  • 3
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命防衛隊と消耗戦に
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 6
    「王はいらない」800万人デモ トランプ政権への怒り…
  • 7
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 8
    【後編】BTS再始動、3年9カ月の沈黙を経て──変わる音…
  • 9
    キッチンスポンジ使用の思いがけない環境負荷...マイ…
  • 10
    5日間の寝たきりで髪が...ICUに入院した女性を襲っ…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 3
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 4
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 5
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 6
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 7
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 8
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 9
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 10
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story