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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
「政局化」するTPP論議で置き忘れられる消費者の利益
TPP(環太平洋パートナーシップ)への参加をめぐって、民主党内を二分する騒動が起こっている。山田正彦前農水相を座長とする「TPPを慎重に考える会」が、民主党の国会議員180名以上の署名を集めたと発表したからだ。
民主党の議員は衆参両院あわせて407名なので、これは過半数に迫る規模だ。メンバーは非公開なので中身はわからないが、勉強会に集まったのは50人程度。小沢一郎氏や鳩山由紀夫氏などの「小鳩」グループの議員が多いが、「慎重に検討しろ」というだけで、何が問題なのかわからない。TPPには、具体的にどういう弊害があるのだろうか?
農水省は「TPPに参加すると農業が壊滅してGDP(国内総生産)が1.6%減少する」という推計を発表したが、経産省はTPPに加入しないと2020年にはGDPが1.5%下がると発表し、内閣府はTPP参加でGDPが最大0.65%上がると推定した。
しかし農業生産額の3割を占める野菜の関税はすでにほとんどゼロであり、穀類の中でもトウモロコシの関税はゼロで、小麦は9割以上が輸入品だ。最大の影響を受けるのは関税率778%のコメだが、世界のコメのほとんどは日本人が食べない長粒種で、日本と同じ短粒種の生産は世界市場の数%しかない。品種転換は容易ではなく、「外米は脅威ではない」というのが多くの専門家の意見である。
そもそも農業生産のGDP比は0.9%で、それが文字どおり全滅したとしても、GDPへの影響は農水省のいう1.6%にはならない。こんな小さな問題のために多くの政治家が集まって反対運動をするのは、日本経済のためではなく自分の選挙のためだ。山田座長は、民主党の前原誠司政策調査会長に「TPPは次の選挙のあとまで待ってほしい」と条件闘争をもちかけ、「つかみ金」で解決する打開策をさぐっている。
他方、輸出拡大で日本が大きなメリットを得るという経産省の試算も怪しい。今年8月の国際収支状況(速報)によると、日本の経常収支の黒字は4075億円で、そのうち貿易(サービスを含む)収支は6947億円の赤字だが、海外からの投資収益などを示す所得収支は1兆3539億円の黒字である。ここ10年をみても、図のように所得収支が経常収支を上回っている。日本はすでに輸出より海外子会社からの配当などのほうが大きいのだ。
これから日本のグローバル企業が生きてゆく道は、従来のような「輸出立国」ではなく、生産拠点をアジアに移して「世界最適生産」を行なうことだ。TPPのねらいも、アジア諸国の保護貿易を改め、規制を共通化して環太平洋地域を経済統合することにある。欧州連合のような強い統合は無理だろうが、人や金の行き来が自由になれば、世界の成長エンジンになっているアジアから日本も利益を得ることができる。
このようにTPPの産業にもたらす影響はさまざまだが、ただ一つ間違いないのは、それが消費者の利益になるということだ。たとえば7000円だったジーンズが、アジアの現地生産によって700円で輸入されたら、あなたの所得は同じでも購買力は10倍になる(それなのに繊維製品には10%の関税がかかっている)。たとえ自由化の結果がGDPベースでプラスマイナスゼロでも、消費者の利益は確実に増えるのだ。
これを「ユニクロ型デフレ」などという人がいるが、輸入物価の低下は相対価格の変化であって貨幣的なデフレではない。むしろこうした国際競争で生き残ることにしか、日本企業の活路はない。消費者の利益にならない企業は消えるのが、資本主義のルールである。
むしろ必要なのは、経済統合からメリットを得られるようにTPPのルールを変える交渉だ。野田首相は「11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)までに結論を出す」と言っているが、党内情勢は流動的だ。ここで「党内融和」を優先して参加を見送ると、日本に不利なルールができてから参加することになる。
いっそのことTPPの賛否で民主党が分裂し、小沢氏を中心とする反対派が自民党と合流し、自民党の賛成派が民主党に合流して、TPPを争点に総選挙をしてはどうだろうか。自由貿易への賛否は、日本経済の今後の方向をどう考えるかについての格好の試金石である。
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