コラム
ふるまい よしこ中国 風見鶏便り
香港のモブ活動に思うこと
8日の日曜日、香港九龍の繁華街、広東ロードにある有名ブランド店「ドルチェ&ガッバーナ」(以下、「D&G」)前に数千人の香港市民が集まり、大騒ぎになった。
直接の起因は、先月「D&G」の前で写真を撮ろうとカメラを構えた人を店員が出てきてさえぎったことだった。九龍半島の繁華街尖沙咀、そこを南北に走る広東ロードの南端から約500メートルほどのところに、20年以上も前から中・高級ブランドが入るショッピングモールが道路に沿って伸びている。特に歩道わきの路面店は「D&G」のほかに「フェラガモ」「プラダ」などが並び、それぞれがブランドイメージをたっぷりと漂わせ、趣向を凝らした店構えだ。
香港は観光都市だから、どこでも誰でもいつもカメラを提げてシャッターチャンスを狙っている。さらに昨今はカメラ機能を持った携帯電話はほぼ常識だ。観光客だけでなく香港人だってそこがプライベートな場所でさえなければ、誰もが目にしたものをカメラに収めることができると思っている。もちろん、立ち並ぶブランド店のクリスマスや新年、旧正月をはさんだ今の時期に見事なまでにおしゃれに飾られた店構えにカメラを向ける人だって少なくない。
それを店員が禁ずる権利はあるのか? それが報道されると、香港は騒然となった。きっかけとなった店は「D&G」だったが、それを契機に広東ロード沿いに並ぶ「プラダ」や「フェラガモ」など高級ブランド店に向けて路上からカメラを構えたところ、店から黒人の警備員が出てきて制止されたり、「なぜだ?」と不平を抱いた人ともみ合いにになり、カメラを叩き落された人の例も報告された。するとますます騒ぎはヒートアップし、わざわざ出かけてモール前で写真を撮る人が増え始め、モールからも警備員が出てきてそれを制止するようになった。
最初は単なる「話題」だったはずのそれが記事になり、「事件」になった頃、「D&G」は「当該店員が未熟だった」と謝罪、「写真を禁じたのはコピーされるのを防ぐため」と説明した。しかし、それは明らかに個別の店員の問題ではなく、また「D&G」一店舗だけでもなく、一連のブランド店、さらにはショッピングモール全体の「態度」、さらには「買わない香港人近寄るべからず」という態度らしい、と人々は理解した。
そこからフェイスブックに「D&G万人影相活動」ページ(「影相」は「写真を撮る」という意味の広東語)が作られ、今月8日の日曜日に「D&G」の前に集まって写真を撮るよう人々に呼びかけたところ、同店舗前のわずか5メートル程度の幅の歩道に千人近いモブ(群衆)が集まり、押すな押すなの騒ぎになったというわけだ。
なぜそこまでブランド店側は撮影を嫌がるのか。
一説では、ブランド店が守りたいのは自分たちの製品のコピーライトではなく(実際のところ、香港の店舗の外で写真撮影を禁止しても、高級ブランドの広告はあちこちにあふれている)、店に入って買い物をする「顧客」たちなのだ、という噂も流れている。今や香港には高級品を買い漁る中国国内からの観光客が押し掛けており、そんな高級店に出入りする顧客のだれかが偶然通行人のカメラに収められ、撮影者が意図するしないに関わらず、あずかり知らぬところでその写真が公開され、その「事実」に気づいた人から情報が流れ出したらどうなるか。
中国ではかつて、1999年に主権が返還されたマカオに各地の高官がお金を持ってギャンブルに出かけて破産するという騒ぎが続いた。そのお金が実際には個人のお金ではなく、彼らが職務上預かっていた公金であった例も少なくなかった。中国中央政府はその後、中国からマカオへの旅行条件を厳格化してカジノへの出入りを制限したが、そのお金を持て余す人たちはほかの「使い道」をすぐに探し出した。香港の高級ブランド店で高額なバッグや貴金属を、まるでお土産のチョコレートやキャンディのようにぽんぽん買っていく中国人たちの姿は、すでに香港では「小耳にはさんだ」程度の噂ではなく、常態として知られるようになった。
実際に、中国国内ではその収入に見合わないほどの高級たばこを吸っていたり、高級腕時計をつけていた役人の写真がネットでさらされ、それが汚職の証拠だと非難の的になり、下野した例も少なくない。だから、ブランド店としては「顧客」が店内で買い物している姿を知らぬうちに通行人たちの写真に収められて騒ぎになり、「顧客」に敬遠されるようになってしまえば商売あがったり。それを防ぐために、「顧客」の身分はともかく、通行人たちの自由な写真撮影を禁じるようになった――中国への主権返還以降、中国の役人の汚職や悪政に激しい嫌悪感を持つ香港市民にとって、これも許されない論理だ。
しかし、今回実際に人々の怒りに直接火をつけたのは、大衆紙「りんご日報」紙記者がモールの警備員ともみ合った際に撮ったビデオがネットで公開され、「買わないやつが写真なんかとるな」という言葉だったらしい。
「中国からの金持ちなら許せるが、貧乏な香港人は外から写真も撮るなと言うのか」「バカにするな、香港の店のくせに」「差別するのか」「金持ちにへつらうのか」、このモブ騒ぎではこういった言葉が口々に叫ばれた。
ただ、わたしはこの活動をネット上で支援した40代の香港人の友人と話をしていてこう思った、「香港は昔から金持ちには親切な土地柄ではなかったか」と。
わたしが香港に移り住んだ80年代、香港のブランド店は明らかに金持ちを相手にしていた。わたしのような買う気もない人間が冷やかしに店に入っても、店員は寄っても来なかった。実際にはほとんどの香港人が高級ブランドなぞには興味を持っていなかった。一方で、かつて香港人が中国国内の人たちを見下していたのも、彼らが貧しかったからだ。香港人はそうやって「金」で相手を見ていたのではないか――
友人は「その通り」とうなづいた。しかし、今回のモブ行動に参加した顔ぶれをビデオで見ると、70年代から80年代生まれの若者が中心だ。彼らはその後の香港の経済成長とともに世界的なブランドと流行に囲まれて育ったが、ここ数年、香港の経済的な地位の凋落と中国から受けている政治的プレッシャーに一番敏感に反応する世代でもある。かつて彼らの父親の世代は「金がない」と中国人を見くびっていたが、彼らはお金を持つ中国人が自分たちの目の前でブランド品を買い漁る様子を苦々しく思っている。
香港社会は明らかに世代交代に入っている。しかし、今回のモブ行動に対して、かつて80年代を成人として過ごした香港人たちはどう思っているのか、そしてかつて自分の親たちが金持ちだけを優遇してきたことを若い世代はどう思っているのか、今度きちんと尋ねてみたいと思っている。
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