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ミャンマーでエンタメとクリエイトする日々

新町智哉|ミャンマー

初めてミャンマーに来た時の思い出

飛び入りで歌わせてもらったヤンゴンのレストランでの様子(2013年11月)

みなさんこんにちは。
随分ご無沙汰してしまいました。
現在もヤンゴンにおります、新町がお届けします。
これまでも決して日常ではない日々が続いていたのですが、今月に入りいよいよ大きな出来事が起こりました。

9月7日NUGがD-dayを宣言、国民への蜂起を訴え局面は一気に動くかと思われました。
ですが、今のところ私の住んでいるヤンゴンの本当に私の周りに限って言えば大きな出来事というのはまだ起こっていないと感じています。
爆発音や銃声らしきものが時折聞こえたりもするのですが、一時期と比べると今がピークという程ではないのが正直なところです。

そうは言っても少し情報を集めれば、今日もミャンマーのどこかでは戦闘が起こっていたり、軍により不当な拘束や殺戮があるなどの出来事は入ってきます。
予断は許されない状況であり引き続き細心の注意を怠らずに過ごそうと思っています。
すっかり外に出る機会は減ってはいるのですが、それでも生活に必要な食料なども買わなければならず、全く外出しない訳にもいきません。

外に出るとこんな時でも出来るだけ日常に近い様に生活するミャンマーの人たちを見て元気づけられると共に何とも言えない思いが溢れてきます。
ヤンゴンから人がいなくなったというような事はないのですが、やはり最も賑やかだった頃と比べると人の動きは少ないように思います。

何となくこの感じがいつかと似ているなと思う事が実はコロナでロックダウンが始まった去年の頃から感じていました。
それは私が初めてミャンマーに来た頃です。
以前にも書いたように私がこの地に住み始めたのは2014年の7月からなのですが、その前年の2013年11月に視察という事で私はミャンマーに訪れているのです。

基本はヤンゴンのみで沢山の情報を仕入れるというよりは雰囲気を味わうためのものという考えで来たので、まさかその後7年も住むことになるとはその時は思ってもいませんでした。
色々と印象深い旅であった事は間違いないのですが、今回はそんな中でもある出来事を紹介したいと思います。

視察何日目の事だったかはもはや覚えてないのですが、一日のスケジュールをこなし、最後に皆でローカルのレストランで食事していた時のことでした。
屋根はあるけど外の壁はないような作りになっていて解放感のあるお店だったのですが、そのお店には演奏スペースがあり、調度バンドが演奏していたのでした。
どうやらお客のリクエストなんかにも応えているようです。
そこで一緒に視察に来た仲間が「歌ってきなよ」と提案してきたのです。

「またまた~」とは思いましたが、もし出来るなら良い思い出になるなと。
どんな曲が演奏可能なのかその時はわかりませんでしたが、割と洋楽のスタンダードなら出来るのかなという雰囲気はありました。
私に提案した仲間がバンドの人と交渉してくれ、OKをもらってきたのでギターの人に何の曲をやるか相談します。
もうこの段階で心臓はバクバクです。
異国の地で調子に乗って歌って凄いスベッたら嫌だなとかちゃんと歌えるのかとか、そもそも歌詞覚えてるかとか考えてしまいました。

先ず、ジョンレノンの「レットイットビー」を歌いました。
先ずというか勿論その1曲だけのつもりではあったのですが、思いの他評判が良く、もう1曲という雰囲気になったので、続けてビートルズの「イエスタデイ」を歌いました。
急遽出てきたリクエストでこれだけ完璧に演奏できるってミャンマーのミュージシャンすげぇって思いました。
2曲目も歌い切り「良い経験したな~」と思っていたら、まさかのアンコール。
アンコールというか「これは歌えないかあれはどうか」などリクエストが来ました。

という事で最後にもう1曲、イーグルスの「デスペラード」
最後のところなど特に細かく打合せをした訳ではないんですが、阿吽の呼吸で合わせてくれたりととても気持ちの良い演奏をしてくれました。
今でも忘れられない思い出です。
そしてなんとこの時の映像が残っているんです。
随分昔なので画像も荒いですが、異国の雰囲気は充分伝わるかと思います。


そしてこのエピソードには数年越しで続きがあります。
前々回の記事でミャンマーと日本で活動するシンガーソングライターの「すわじゅんこ」さんの事を書かせていただきました。

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シンガーソングライター「すわじゅんこ」さんの活動とミャンマー関係者の苦悩

そちらの記事でのこのトップ画像は2018年4月のヤンゴンの水かけ祭りで最大級のステージにすわさんが立った時のものです。
この時はお手伝いとして私もバックステージに居たのですが、まさにこのステージでギターを弾いていたのがあのレストランでギターを弾いていた人だったのです。

流石に4年半も前のワンステージの出来事を覚えている事はないだろうと声はかけなかったのですが(かければ良かった)間違いなくあの時のギタリストでした。
こんな大きなステージでも演奏するような人だったんだなと驚くと共に「何とも不思議な縁だな」と感じました。
あの時の経験が無ければ私がミャンマーに住もうという事もなかったのかもしれない訳ですから。

という事で今回は私が初めてミャンマーに来た時の印象深いエピソードをお伝えしました。
今ミャンマーのミュージシャンは仕事が無くて本当に大変だと思います。
このギタリストさんも苦労されていることだと思うと悲しくなってしまいます。
一日も早く楽しく音楽が出来る日がくることを願っています。

それではまた。

 

Profile

著者プロフィール
新町智哉

映像プロデューサー。2014年からミャンマー最大都市ヤンゴンに在住。MAKE SENSE ENTERTAINMENT Co.,Ltd. GM。日緬製作スタッフによる短編コメディ「一杯のモヒンガー」でミャンマーワッタン映画祭のノミネートを皮切りに世界各国の映画祭で受賞。起業家、歌手、俳優としてもミャンマーで活動する。

Twitter:@tomoyangon
Instagram:tomoyangon
note:https://note.com/tomoyaan

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