南米街角クラブ
コロナ禍の一時帰国、おもてなしよりも大切な事
2021年10月20日、私はブラジルから一時帰国をした。
本来なら2020年に一時帰国をするはずだったが、コロナウイルスの影響で先延ばし。
感染率世界ワースト3に入るブラジルから渡航するのをためらい、そうこうしているうちに現地にてワクチン接種の兆しが見え、それなら接種を済ませてからにしようと更に先延ばし、ようやく叶った帰国だった。
ブラジルの空港スタッフやコロナウイルス検査ができるクリニックによると、日本政府の水際対策は比較的厳しいそうだ。
もちろん、感染、特に変異株を広めないためにも厳しい対策は必要だと思う。
現地出国時の検査証明の提出の他、ブラジルからの渡航者は政府が用意したホテルにて6日間強制隔離、その間に2回のPCR検査を行う。
更に、その6日間を含めた14日間は自宅もしくは宿泊施設での待機が必要だ。公共交通機関の利用はできない。
しかし、これで安全が保障できるのであれば何も文句はない。
そう思い、納得した上で帰国したのだが、いくつか思ったことがあったので、せっかくなので一人の意見として書いてみたい。
|指定のフォーマットに"手書き"の検査証明書
現在、海外渡航では多くの国で現地時間の出発時刻から72時間前に行ったコロナウイルスの検査証明書を出国時に提示するように求められており、日本入国時も国籍に限らず証明書の提出が必要となっている。
この検査証明書の内容に不備が多く、日本入国拒否となるケースが増えた事で、日本の厚生労働省は指定のフォーマットを作成。現在はこのフォーマットに手書きで記入された原本を提出するよう強く求めている。
不備は、医師名のサインや押印忘れ、指定の検査方法でないことが多く、搭乗拒否や入国拒否になる場合があるそうだ。
これらは外務省のサイトに掲載されているので、一つぐらい抜けてても大丈夫だろうという訳にはいかない。
私が住んでいる地方都市ではクリニックごとにフォーマットが決まって、検査結果を他の用紙に"手書き"する権限がないそうだ。結局、ブラジルの日本国大使館が推奨する隣町のクリニックまで検査しに行かなければならなかった。
そのクリニックでももらった証明書は、厚生労働省作成のフォーマットと同じように作られたワード文書に入力されたもので(サインだけは手書き)、医師に尋ねてみた所、「検査結果は基本的に"手書き"できないの。手書きだと改ざんされる可能性があるからね。だから日本に渡航する人には特別に同じフォーマットをワードで作成して入力した物を渡しているんですよ。」と言われた。
|羽田空港到着後、書類チェックと検査
手書きではないが、苦労して手に入れた指定フォーマットの検査証明書のおかげで、問題なく羽田空港まで到着できた。
入国審査の前に、証明書や誓約書(14日間の待機を約束するもの)、事前に入力していた質問票などを提出し、再度検査を行う。
事前に、この手続きに時間がかかることはSNSや一時帰国者によるコラムなどを通して知っていたので、苦ではなかった。案内してくれるスタッフの方々も、大変丁寧に誘導してくださり、日本のおもてなし的なものを思い出した。
しかし、大変疑問に思ったことが一つある。
到着してから検査結果で私が陰性だと証明できるまでの間、書類のチェックや待機時に必要なアプリ(健康管理と居場所の追跡)の設定などを行ったのだが、軽く60~70人のスタッフとすれ違っている。
実際に会話をしたのは10人程度だと思うが、特にアプリの設定を案内してくれた女性は私のスマートフォンを覗くために非常に近い距離でやりとりをしなければならなかった。
(ちなみに、このアプリについて32ページにも及ぶ紙の冊子が渡されたのだが、内容の半分以上がアプリの設定について書かれており、スタッフと一緒に行っているので全くもって不要である。)
書類のチェックをするスタッフはタブレットやパソコンを使いながらも、最終的には紙に手書きし、それを受け取った私はまた別のカウンターのスタッフへとその紙を渡して受け取るというのを何度も行った。私が受けた検査の結果はこの時点では判明していない。
もしかしたら陽性ということもあり得る。
次のカウンターへ移動する際は、1人もしくは2人のスタッフが「何番のカウンターへ行ってください」と口頭で案内してくれた。
とにかくその人の多さには驚いた。
|選挙はどうなる
また、この期間に入国している日本国籍者は、14日間の待機によって第49回衆議院議員総選挙の当日に投票ができないため、検疫スタッフから「新型コロナウイルス感染症で宿泊・自宅療養等されている方は特例郵便等投票ができます」と書かれた用紙を渡された。
この制度では選挙期日の4日前までに市町村の選挙管理委員会に請求することで郵便によって投票が可能となる。
私はこれを事前に総務省のサイトで確認していたので、「強制隔離ホテルにいるのにどうやって切手を購入して請求書を郵送するのですか?」とスタッフに質問してみた。すると、当たり前のように、「それは総務省に直接確認してください。」と言われる。
こういったケースは数として少ない、むしろ想定外なのかもしれないが、全く解決にならない用紙を渡されて呆然としてしまった。
|デジタル庁に期待をしてもいいのだろうか
かなりステレオタイプだとは思うが、ブラジル人の友人たちは日本を夢の国のように想像している。
テレビなどで放送される日本のロボットや秋葉原の様子、自動販売機、温水ウォシュレット付きトイレ、日本メーカーの最新家電製品や世界的にも評価されているカメラなど。日本人からすると当たり前のようなことも、ブラジルでは珍しい。
未だにそう見られている憧れの日本に久しぶりに帰国して、思ったよりもアナログでショックを受けた。
実際、2021年のスイスの国際経営開発研究所(IMD)による世界デジタル競争力ランキングで日本は28位。ちなみに2020年の世界銀行によるデジタル政府ランキングでブラジルは7位入り、日本は10位以下で圏外となっている。
行政の手続きは未だに窓口対応や場合によっては切手、郵便がつきもの。
期待されていたマイナンバー制度も交付から5年経過した今でも交付率30%程度。
更には、マイナンバーは日本に住民票がある者のみに交付されるため、我々のような在外邦人は取得できない。
これについて総務省は2014年にマイナンバーを使用した在外邦人への行政サービスの提供のあり方について研究会を開いており、海外在留者の納税手続きや年金の裁定請求などが便利となると予想されていたが、今現在もマイナンバーは日本に住民票がある者にしか交付できないままとなっている。
もちろん、全てをデジタル化するのは困難だ。
今回の水際対策でも、アプリの設定やスマートフォンでの毎日の健康状態や位置情報の報告など、思ったよりもややこしい。
更にこのアプリ、お世辞にも「素晴らしい!」「わかりやすい!」とは言えない。
もし自分の両親が強制隔離などでこれを使用する必要がある場合を考えたら心配になる。
デジタル化に対応できない人への配慮も必要となってくるだろう。
とにかく、無事に帰国し、確実に感染の恐れがないことがわかってから家に帰れるよう対策していただいたことには大変感謝している。
しかし、タブレットを使用しながらも手書きの紙を何度も渡し合う他に、もう少し接触を減らすことはできなかったのだろうか。
ホテルに到着した後も、入室のための案内係1人、用紙の記入者1人、お弁当を渡してくれる1人、エレベーターまで荷物を運んでくれる人1人、エレベーターで着いた先から部屋まで案内してくれる人1人...と計5人と会話している。
荷物が少なかった私は、ここまでされるのに申し訳なさすら感じてしまった。
検疫スタッフも、隔離先のホテルスタッフも自分の任務を全うしている。働いている方々には何も文句はない。
しかし、私が優先してほしかったのは"おもてなし"ではなく働いている人への安全である。
こういう時に、あのロボットが活躍してくれたらいいのに、なんて思いながら隔離3日目を終えようとしている。
著者プロフィール
- 島田愛加
音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。
Webサイト:https://lit.link/aikashimada
Twitter: @aika_shimada