イタリアの緑のこころ
地名にも多い聖人ゆかりの名
ベネチアのサン・マルコ広場やトスカーナ州の塔の多い町、サン・ジミニャーノ、イタリア半島にはあっても国は違いますが、バチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂やサン・ピエトロ広場、サン・マリノ共和国など、日本でも知る方が多いであろうこうした名前は皆、カトリック教の聖人に由来しています。
中世には、町や教会の政治力が、教会の有する聖遺物で決まっていたため、聖遺物の重要度争いの評定で、近隣の町、アクイレイアに敗れたベネチアは、より貴重な聖遺物を入手しようと、新約聖書の『聖マルコ福音書』の著者とされる聖マルコの遺骸を、9世紀に盗んで我が物とし、優位に立ちました。その聖マルコ(San Marco)の遺体を納めるために建立された大聖堂であり、またその大聖堂が建つ広場であることから、それぞれ、サン・マルコ大聖堂、サン・マルコ広場と呼ばれています。
ローマのサン・ピエトロ大聖堂や同名の広場も、同様に、イエス・キリストの使徒で、カトリック教会の礎とされる聖ペトロの墓地に築かれた大聖堂であり、その大聖堂が建つ広場であることから、そのイタリア語名、サン・ピエトロ(San Pietro)を冠しています。
また、生前の聖人とは直接関わりがない場合でも、イタリア各地には、様々な聖人に捧げて建てられた教会が多数あって、そうした教会はその聖人の名で呼ばれ、地名も聖人の名を冠したものが少なくありません。ペルージャにも、サン・ピエトロ教会があり、サン・マルコ、サンタ・ルチア、サン・ファウスティーノなど、聖人の名を持つ地区が、ペルージャだけでもいくつもあります。
イタリア語のsantoという言葉は、「聖人」を意味する名詞として使われるだけではなく、形容詞として聖人名の前につき、「聖...」を意味する用法もあるのですが、santoが形容詞として名前の前につく場合には、その聖人が一人か複数か、男性か女性かによって、また、聖人名の冒頭の母音や子音によっても、語形が変わります。聖人が一人で男性であれば、たいていの場合は、サン・マルコやサン・ピエトロのように、sanとなるため、アッシジの聖フランチェスコはイタリア語ではSan Francesco d'Assisiで、そのためアッシジの大聖堂の名は、このSanを日本語に訳して「聖フランチェスコ大聖堂」と呼んだり、Sanの発音をそのまま採用して、「サン・フランチェスコ大聖堂」と呼んだりするのです。ただし、男性の聖人でも、ステファノのようにs+子音で始まる名前の場合には、SanではなくSantoなので、聖ステファノは、イタリア語ではSanto Stefano、サント・ステファノとなります。また、聖人が一人で女性である場合には、Santoの語尾の母音が-aとなるため、聖キアラ、聖ルチアは、サンタ・ルチア(Santa Lucia)、サンタ・キアラ(Santa Chiara)となります。ただし、母音で始まる名前である場合には、聖人が男性でも女性でも、Sant'となるので、聖アントニオ、聖アンナは、それぞれサンタントニオ(Sant'Antonio)、サンタンナ(Sant'Anna)です。
とこんなふうに語形がいろいろ変化はしても、聖人名の前にSanをつける場合が多いからでしょう。「マルコさん」、「ピエトロさん」など、イタリアの人の名前のあとに敬称の「さん」をつけて呼ぶと、響きからすぐ「聖人」を連想するのでしょう、日本語では「さん」はどういう意味かをすぐ尋ねる人もいるものの、一方、「いや、ぼくは聖人ではありませんよ。」と答える人がいたり、かと思うと、「おれ、聖人になったよ。」と喜ぶ人がいたり、反応が様々でおもしろいです。
著者プロフィール
- 石井直子
イタリア、ペルージャ在住の日本語教師・通訳。山や湖など自然に親しみ、歩くのが好きです。高校国語教師の職を辞し、イタリアに語学留学。イタリアの大学と大学院で、外国語としてのイタリア語教育法を専攻し卒業。現在は日本語を教えるほか、商談や観光などの通訳、イタリア語の授業、記事の執筆などの仕事もしています。
ブログ:イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia
Twitter:@naoko_perugia