コラム

日本政府のスマホアプリ規制、欧州のマネして拙速なリスクを取る必要があるのか

2023年11月29日(水)12時40分

そして、日本の有識者や国民は良識を持っているため、同報告書に対するパブリックコメントによる評価は惨憺たるものになった。559件のコメントが寄せられたうち、その大半は同報告書の内容に批判的な内容であった。ある意味で当然の帰結と言えるであろう。

同報告書に対して批判的コメントを寄せたのは、デジタル関連の技術者だけではない。あらゆる社会政策に関する分野の専門家が懸念を表明するとともに、一般国民からも同法律によるセキュリティ環境の悪化について意見表明がなされていた。


特に東京医師会の意見書は注目に値する。スマートフォンの機種によっては、心電図、不整脈などの個人にとって機微なヘルスケア情報が保存されている。そのため、従来までスマートフォンOSのプロバイダーは、慎重な審査を行うとともに、ユーザーの同意取得をしているか等をチェックしている。しかし、今回のサイドローディングが義務化された場合、OSのプロバイダーによるチェックは事実上機能しなくなる。そのため、同医師会はマイナカードや健康保険証の一体化、マイナポータルの普及に伴う潜在的なリスクは高まりを指摘している。敵性国家や犯罪集団にとってはヘルスケア情報は宝の山だ。

医療DXを国策として推進する中、あえてセキュリティを脆弱化させることによって、それらに水を差す政策を実行することは、政府としての一体性に欠けるものであり、DX化による効率的な社会づくりに反するものだ。

デジタル政策として実行すべき順序を間違えるべきではない

少なくとも、欧州委員会が疎かにしたサイドローディングに関するセキュリティ上の懸念を解決するソリューションに関する調査研究など、日本政府が事前にやらなくてはならないことは山ほど存在している。実際に欧州では懸念されたリスクが来年から顕在化していくことになるだろう。

むしろ、不必要にリスクを高めるデジタル市場改革は、同政策は拙速に導入しなくてはいけない理由は何もない。欧州での実験が終了し、米国が検討を終えてからでも全く困らない類のものだ。日本政府はデジタル政策として実行すべき順序を間違えるべきではない。政府が企業に無用な義務付けを行ったところで、新たな問題が発生するだけに過ぎないのだから。

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

AI端半導体「ブラックウェル」対中販売、技術進化な

ワールド

チェイニー元米副大統領が死去、84歳 イラク侵攻主

ビジネス

リーブス英財務相、広範な増税示唆 緊縮財政は回避へ

ワールド

プーチン氏、レアアース採掘計画と中朝国境の物流施設
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story