コラム

気候変動とエネルギー、G7のご都合主義リーダーシップに限界か

2022年08月25日(木)19時40分

G7の影響力は減退している...... John MacDougall/REUTERS

<6月に行われたG7会合で、「ロシア産石油の取引価格の上限設定の検討」が盛り込まれたが、G7のリーダーシップが形式的・実質的に失われていることがあきらかとなっている......>

6月28日に閉幕したG7会合において、「ロシア産石油の取引価格の上限設定の検討」が盛り込まれてから約2か月が経過している。

G7会合終了直後には、1バレル=40~60ドルを目安として協議されたとの報道があった。しかし、現実の取引価格は8月24日原稿執筆現在で90ドル台を推移している。一時期120ドルを超えた価格に比べれば、今後の景気停滞などを見据えて取引価格は低下しているものの、G7による価格上限の検討が何ら実効性の伴うものではなかったことは証明された。

その原因には様々な要因があるが、結局はG7のリーダーシップが形式的・実質的に失われていることが問題だ。

欧州諸国は気候変動やエネルギー問題に関するリーダーシップを失っている

G7が世界をリードしてきた時代は今や過去の栄光となっている。現在でも国際的な問題に対処するための政策的なアドバルーンを上げる機能は残されてはいる。しかし、既に多極化した世界においてG7が持つメッセージの影響力が弱まっていることは確かだ。

特に欧州諸国は気候変動やエネルギー問題に関するリーダーシップを失ってしまっている。欧州諸国のロシア産化石燃料禁輸措置、ロシア側からのパイプライン不具合を理由とした事実上の輸出制裁の応酬は、結果として欧州の気候変動の建前とエネルギー供給の実情を世界に暴露してしまった。

G7サミットの共同声明では気候変動政策を重視する国々による「気候変動クラブ」の立ち上げが謳われていたが、主唱国であるドイツ自身がロシアからの安価な化石燃料の供給に頼っていた。そのため、戦闘本格化に伴い、石炭火力発電の再利用も含めて背に腹を変えられない姿を晒してしまっている

また、人権問題に煩い欧州や米国のリベラル勢力が中東の権威主義国などに対して事実上の土下座外交を展開している様子はG7のモラル面での正当性を失墜させるには十分なものだ。(直近の石油先物価格の下落を受けて、サウジアラビア当局者がOPECは更なる減産は可能と発言、欧米は完全に足元を見られている。)

欧米は合理的な判断ができなくなっている

そして、実質的にもG7の影響力は減退している。既にロシア産の原油に関してはG7の輸入量は激減している。したがって、上述のロシア産原油の取引価格上限設定は中国やインドなどのその他の輸入国の取引価格上限を設定することを意味する。しかし、当然であるが、G7以外の国々がロシア産原油を購入する際に価格上限の設定に付き合う義理はない。そのため、実効性が伴わない措置はG7のリーダーシップの低下を逆に証明することになってしまっている。

仮に、G7が上限価格設定に協力しない第三国に対して制裁を加えた場合、被制裁対象国が従来よりも明確に親ロシア姿勢を示す可能性も否定できない。国際情勢全体を見据えた場合、それでは本末転倒の結果と言えるだろう。

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易戦争緩和への取り組み協議

ワールド

米、台湾・南シナ海での衝突回避に同盟国に負担増要請

ビジネス

モルガンSも米利下げ予想、12月に0.25% 据え

ワールド

トランプ氏に「FIFA平和賞」、W杯抽選会で発表
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開きコーデ」にネット騒然
  • 4
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story