コラム

イランに「石油王」はいない! ネットに出没する「自称・石油一族」は何者か

2022年09月09日(金)11時04分
石野シャハラン
東京の夜景

ASKA/ISTOCK

<イランは石油大国だが、そこに石油王は存在しない。ネットにあふれるまやかしに釣られず、画面から目を離して真偽を考える余裕を持とう>

イランには石油王はいない。日本に私費留学していた私はよく、石油王の息子なの? とからかわれた。実際は学費ローン返済で大変だったのだが、石油王という単語は日本人にインパクトがあるようだ。冗談で済むうちはいいが、イランの「石油一族」出身だという人たちが時々テレビやネットに登場して、セレブな生活を自慢している。そのようなものを見るたびに、イラン出身の友人たちはみんなあきれている。

イランは言わずと知れた産油国であるが、その採掘や精製などの事業は全て国有化されており、石油に関わる大きな私企業は存在しない。これは今に始まったことではなく、外国資本が石油採掘を始めたのが20世紀初頭で、国営化が完了したのが1970年代。つまり、イランには昔から石油王はいないのだ。

日本にも以前は国営企業がたくさんあったが、NTT王とかJR王とかが存在しないのと同じだ。だが日本ではこれを知る人が少ないため、自称石油一族の話をうのみにしてしまう。

そもそも中東の富裕層は日本に住まない。彼らの豪奢な生活スタイルと日本の価値観は全く相いれない。彼らはお金の使い道に困らず、見せびらかしがいのある欧米に住む。また、日本は相続税などの高い税率も大きな難点だ。

だから日本に居住しSNSの自己紹介で「石油一族出身」などとのたまう中東人は、留学生を除けばまず疑ってかかったほうがいい。こういう人は十中八九、石油王という幻想を利用して日本人相手にビジネスをしようとしているのである。

外国人にも日本への誤った思い込みが

とはいえ外国人も、自称石油一族にだまされる日本人を笑ってばかりはいられない。彼らの中にも、日本に対する誤った思い込みがある。

最近、東京に遊びに来た宝石商の夫妻に会った。コロナ前は毎年のように日本を訪れ、そのたびに感動したそうだ。電車は定刻発車し、ホテルや飲食店の対応は慇懃で、タクシーでボラれることもない。清潔で安全でパーフェクトな国だ、という。ついには宝石の仕事を人に譲って日本に移住したい、夫は20数年前に日本で地震学を勉強していたから大手ゼネコンに入社できないだろうか、と私に大真面目に相談するのである。

大学卒業から20年間ブランクがあると日本では就職できないこと、運よく入社したとしても新入社員の手取り月給は20万円に届かないので現在の生活水準から大きく下がること、実態はともかく日本は建前上は移民を受け入れていないこと、いまだに外国人には部屋を貸せないというオーナーがいること。私は懇々と説明したのだが、彼は半信半疑だった。

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