3月7日のアカデミー賞授賞式まであと少し。作品賞の最有力候補『ハート・ロッカー』をめぐって、きな臭い話が出てきた。
ロサンゼルス・タイムズの記事によれば、多くの批評家や軍関係者が『ハート・ロッカー』を賞賛している一方で、映画を見た一部の退役軍人や爆弾処理のスペシャリストが、この作品は「内容が不正確なだけでなく、兵士に対して失礼」だという感想をいだいているという。
記事が出たのは、アカデミー会員による投票の締め切りを5日後に控えた2月25日。LAタイムズが『イングロリアス・バスターズ』を好意的に紹介する記事を盛んに載せていたことと合わせて、『ハート・ロッカー』に作品賞を取らせまいとする思惑があるのでは、などと疑う人々もいる。
始末が悪いのは、軽率にも、陰謀を企んでいる者がいるかのようなムードをわざわざ助長するようなことを、作品のプロデューサーがしでかしたことだ。
『ハート・ロッカー』の共同プロデューサーであるニコラス・シャルティエが、こともあろうに、投票権をもつ米芸術映画科学アカデミーの会員たちに、作品賞は『アバター』ではなく『ハート・ロッカー』に投票するよう呼びかけるメールを送っていた。当人は事実を認めて謝罪したが、アカデミーの規則に明確に違反しているそうなので、投票締め切り後に何らかの処分を受ける可能性もある。
そこまで必死になる人たちがいるということは、投票後に何らかの操作が行われる恐れもあるのだろうか。
最新号のNewsweekアメリカ国内版に、投票の締め切りから授賞式で受賞者が発表される瞬間まで、結果がどれだけ厳重に極秘のまま集計・保管されるかを紹介する記事が載っていた(日付は今年の場合、時刻は西海岸現地時間)。
3月2日(火)
アカデミー会員(たったの)6000人による最終投票の締め切り日。郵送で、76年前からアカデミー賞の投開票と集計を任されている大手会計事務所プライスウォーターハウス・クーパーズのロサンゼルス事務所に午後5時までに必着。
3月3日(水)
ドアは1つだけ、窓はゼロの部屋で開票作業が始まる。24部門の集計に要するのは3日間。2人の「開票責任者(balloting leaders)」が見守るなか、4人の会計士が会員から返送されてきた票を開けていく。
票のカウントは手作業で行われ、会計士同士が情報を交換することは禁止。集計結果を確認できるのは2人の「開票責任者」だけで、確認が終わると結果はただちに施錠された状態で保管される。
3月6日(土)
開票と並行して、部門ごとに、すべての候補作(候補者)の名前が1作(1人)ずつ記されたカードを2セット、アシスタントが用意する。「開票責任者」はそれぞれ、受賞者の名前が書かれたカードだけを抜き取って封筒に入れる。封筒はただちに封印され、廃棄されるカード(賞に落ちた候補作・者)と一緒に施錠された状態で保管される。
3月7日(日) 授賞式当日
午後2時。2セットの封筒の束は2つの同じ形の黒のカバンに入れられ、「開票責任者」が1つずつ持つ。2人の「開票責任者」は別々の車に乗り込み、ロス市警の非番の警官に付き添われて異なるルートで会場のコダック・シアターに向かう。授賞式が始まる2時間半前に到着し、レッドカーペットを歩いて会場に入る。
午後5時半、授賞式スタート。「開票責任者」はそれぞれステージの上手と下手に1人ずつ座り、プレゼンターがステージに出るごとにカバンから封筒を取り出して手渡す(プレゼンターがどちらの開票責任者から貰うかは、どちら側からステージに出て行くかによる)。
開票責任者は、授賞式のテレビ中継中、いっさい席を離れてはいけない。2人ともすべての受賞者名を暗記しており、万が一、プレゼンターが間違えた場合は、速やかに演台まで移動して修正することになっている。
午後9時。式が無事に終了したら、2人の開票責任者は会場の隣のルネッサンス・ハリウッド・ホテルで行われる州知事主催のパーティーに顔を出す。どの男性が開票責任者か(1人を除いて、これまで開票責任者を務めたのはすべて男性)を知りたければ、黒のカバンを持っている人物を探せばいい。
不正は起こり得ない、ということを示す必要はあるのだろうが、どこか芝居じみていて、これも授賞式というショーの一部のような気もする。
蹴落としをねらったかのような報道やメール騒動も、話題を作って(あおって)盛り上げるための演出で、実はみんなグル――などと考えてしまうのは、ハリウッド映画の見すぎだろうか。