最新記事
民主主義

日本の総選挙とアメリカ大統領選、太平洋を挟んだ2つの国の「小さな正義」を考える

When The Justice Works

2024年11月29日(金)15時53分
江藤洋一(弁護士)

広がらなかった共和党員の「小さな正義」

太平洋の向こう側に、興味深い共和党支持者(おそらく共和党員)がいた。彼は共和党のトランプ氏ではなく民主党のハリス氏を支持した。トランプ氏は、事実に基づかない言動を繰り返し(例えば「選挙が盗まれた」など)、あらぬ方向に選挙民を誘導した、それは正しくないことだ、ということらしい。道徳性を備えた人物の集合にこそ正義の存在場所が見いだされ、その社会の指導者にも道徳性が求められるという考えは、何ら不当なものではない。

だが、これも繰り返しになるが、正しいか否かだけが投票の動機になるわけではない。そのことは日本でもアメリカでも変わりない。しかし、アメリカには特殊な事情がある。それは人々が求める政治的指導者(大統領)のイメージの違いだ。アメリカでは圧倒的に強い指導者(大統領)が求められる。先ほどのパスカルの言葉を標準的アメリカ人に聞かせたら、おそらく間違いなくこんな答えが返ってくるだろう。

「強い指導者がいなければ(つまり力がなければ)、正義は守れない」

もちろん、逆に力だけが投票の動機になるわけではない。民主党とハリス氏のマイノリティーや中絶に対する政策等が逆ばねになってトランプ氏に有利に働いたという分析もある。トランプ氏を大統領にしなければ、アメリカを二分するような暴動が再び起きかねない、という変なトランプ支持論もあった。あるいは、「MAGA(アメリカを再び偉大に!)」という訴えが思いのほか響いたのかもしれない。だとしたら、少なくとも現時点ではアメリカは偉大ではないことをトランプ支持者も認めていることになる。

1950年代から60年代にかけて、アメリカが最も光り輝いた時代、ジョン・F・ケネディは、政府が何をしてくれるかではなくアメリカ国民が政府のために何ができるかだ、と問いかけた。経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスの『ゆたかな社会」(邦訳・岩波現代文庫)はその光輝いた時代のアメリカをくっきりと描いてくれた。

アメリカはその後ベトナム戦争にのめり込む。アメリカは負けた。ベトナム人はアメリカに勝った唯一の国であることを誇っている。確かに誇るに値することかもしれない。日本はそのアメリカにその昔ぼろ負けした。しかし、アメリカもベトナム戦争以降、イラクでもアフガニスタンでも、負けたかどうかはともかく失敗続きだ。輪転機を回し続け世界中にドルをばら撒いたが、その結果かどうかはともかく、アメリカのラストベルトの白人は、今現在トランプ氏の吐き出す「MAGA」という幻想にしがみついている、と見えなくもない。正義などと間延びしたことを言ってはいられないのだ、そう考えるトランプ支持者がいてもおかしくない。確かに正義は空腹を満たしてくれない。だがそれにしても、「MAGA」という言葉を聞く度にアメリカという国がみすぼらしく思えてしまうのは筆者だけだろうか。

間違いなく言えることは、今回の大統領選挙の結果を受けて「選挙が盗まれた」と言って来年の1月議事堂を襲撃する民主党支持者はいないだろうということだ。

トランプ氏の言動が正しくないとしてハリス氏支援に回った共和党支持者の行動は、結果的に広がりを見せなかった。彼の小さな正義は押しつぶされたのだろうか。いや決してそうではない。正義を力の物差しで測ってはいけない。

ただ、アメリカの正義は私たちが考えている以上に多様な広がりを持っているらしい。今や死語になりつつある「拝金主義者」という言葉がアメリカ人に相応しいなどと言うつもりはないが、アメリカという国全体が金銭的利得と正義をえらく近づけて考えているらしいことも疑いない。貧富の著しい格差も、それがアメリカ人の信奉する自由の結果なら、貧富の格差を是正するために自由を抑圧する必要はない、と考える人も多そうだ。それもアメリカの正義に違いない。

アメリカは挑戦的な国だ。だから実験的でもある。アメリカは正義の実験をしている、と見えなくもない。だが、正義の味方の保安官を演じるゲーリー・クーパーやジョン・ウェインは遠い過去の時代の人だ。彼らの代わりに、白人の警察官が黒人を殺すこともある。その警察官は裁判にかけられ相応の刑罰を科せられる。それを彼らは適正手続き(due process)と呼んでいる。彼らの実験は続く。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ウニクレディト、BPM株買い付け28日に開始 Cア

ビジネス

インド製造業PMI、3月は8カ月ぶり高水準 新規受

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

ユニクロ、3月国内既存店売上高は前年比1.5%減 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中