大人の過剰な期待で日本の子どもたちが潰される
少子高齢化により、少なくなった子どもへの「期待圧力」が強くなっている。こうした状況のなか、親の養育態度にも歪みが起きやすくなっているのかもしれない(過干渉など)。単純なやり方だが、子どもと大人の人口量を比べることで、前者にかかる圧力の大きさを可視化できる<図2>。
1950(昭和25)年では、人口の年齢構成は下が厚いピラミッド型で、子どもと大人はほぼ半々だった。だが時代とともに子どもは少なくなり、大人がのしかかってくる。2000年では大人は子どもの4倍、現在では6倍、近未来では7倍となる。
上が厚い逆ピラミッドの年齢構成で、子ども1人に対し大人6~7人のまなざしが注がれるというのは、ある意味「脅威」だ。教育については、誰もが語れる。大人の多くは教育論議が好きで、下の世代の教育や学校について不平不満を言う。
教育産業も過剰になっていて、少なくなった子どもを奪い合うことに躍起だ。幼子がいる親を見つけては、「早期からの習い事、早期受験が大事だ」などと煽り、顧客に取り込もうとする。親の側も「1人しか持たないと決めた子だから」などと、我が子に鞭を打つ。子どもにこうした重圧がかかるようになっていることは、前述の子どもの自殺動機からも推測できる。
逆ピラミッドの年齢構成で、「一億総教育家」の社会になったら、子どもは窒息してしまう。放任になってはいけないが、「放っておいても子どもは育つ」という心構えも持ちたいものだ。
大人も、子どもの教育についてあれこれ言うばかりでなく、社会の変化にキャッチアップすべく、自身も絶えず学び続けないといけない。学習・啓発の実施率の年齢カーブを描くと、成人期以降は地を這う「L字型」になるのだが、これではとうてい「教育立国」は名乗れない。教育産業や大学も、今後は持てる資源を成人層に振り向けるべきだ。
<資料:警察庁『自殺の状況』>