最新記事
安全保障

寸前まで検討されていた「アメリカの北朝鮮攻撃」、なぜ攻撃を断念したのか?

The Attack That Wasn’t

2024年2月6日(火)18時25分
A・B・エイブラムズ(米朝関係専門家)

金正恩と娘のジュエ

軍用車両工場を視察する北朝鮮の金正恩と娘のジュエ(2024年1月5日) KCNA-REUTERS

核兵器を保有していなくても、北朝鮮は特に困難な標的と見なされていた。アメリカの情報報告書は、北朝鮮が「前方展開部隊の改善と訓練」と、「インパクトの大きい」兵器に重点を置いた「現在の通常戦力と軍事即応態勢の維持」への投資を続けていると強調しており、北朝鮮はそれを米朝枠組み合意後も継続していた。

ブッシュ(息子)政権のドナルド・ラムズフェルド国防長官は、「膨大な兵器の地下配備」を含む北朝鮮の巨大な地下要塞網が、侵攻を極めて困難にすると主張した。

いち早く侵攻すべき国

クリントン政権が北朝鮮の軍事施設への攻撃を検討していた1994年、国防総省は北朝鮮との戦争で米韓両軍の死傷者が54万人を超えると予測した。こうした推計は2000年代までに増加したが、北朝鮮がVX神経ガスなどの非通常兵器を使用する可能性を一貫して無視していた。

対照的に、イラクとリビアは攻撃目標としてはるかに脆弱で、両国とも制裁緩和と引き換えに一方的な武装解除と、軍事施設の詳細な査察を受け入れていた。シリアはより脅威で、イラクよりも多数の化学兵器を保有し、1990年代以降は弾道ミサイルを北朝鮮から購入して大幅に近代化した。2000年代前半までには、イラクが保有していたどのミサイルよりも射程距離が長く、正確なミサイルを配備した。

ウィルカーソンによれば、北朝鮮は圧倒的に差し迫った標的であり、当初はいち早く侵攻すべき対象だったが、その通常戦力がブッシュ政権に攻撃計画の見直しをさせた。つまり、北朝鮮が核実験を実行したり、日本より遠くの標的を攻撃する能力を誇示するずっと前から、強力な抑止力が存在していたということだ。

アメリカ国内では、2018年まで北朝鮮への攻撃を求める声が広くあったように、北朝鮮の軍事力は、アメリカが軍事的選択肢を完全に排除するには十分ではなかった。しかし、「中東のたやすい目標」への攻撃に注意をそらせるには十分だった。

北朝鮮はその間に抑止力を強化し、2006年と2009年に核実験を実施し、2010年代には戦略兵器と通常兵器の近代化を加速させた。核兵器とICBMは開発費が比較的少ないため、通常戦力の負担が徐々に軽減され、2009年頃からは国防費が削減されると同時に、より確実な抑止力を提供するようになった。

しかし、もし北朝鮮の通常戦力が違うものであったら、2000年代半ばには、米国主導のアフガニスタン侵攻後に第2次イラク戦争ではなく、新たな朝鮮戦争が勃発し、世界の地政学に重大な影響を与えていたかもしれない。

From thediplomat.com

20250204issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月4日号(1月28日発売)は「トランプ革命」特集。大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で、世界はこう変わる


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米マスターカード、第4四半期利益が予想上回る 年末

ワールド

米首都近郊の旅客機と軍ヘリの空中衝突、空域運用の課

ワールド

ブラジル大統領、米が関税賦課なら報復の構え

ワールド

米旅客機空中衝突事故、生存者なしか トランプ氏は前
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 3
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 4
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 5
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 10
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中