最新記事
世界経済

先進国の「恵まれない人々」と「世界的な貧困の克服」が歓迎されない世界が必要とする、「新しい世界経済秩序」とは?

ISSUES 2024: THE CRISIS

2023年12月25日(月)13時30分
アンガス・ディートン(経済学者)

世界の政治体制は、この四半世紀に深いところで変化を遂げてきた。豊かな民主主義国で右派ポピュリズムが広がり、国内外の機構を脅かしている。

とりわけ不満の種になっているのはグローバル化だ。グローバル化により貧困はこれまでになく減少したが、豊かな国々ではむしろ不満が高まっている。

民主主義が捨てられる日

欧米の多くの労働者は、世界で多数の人々が極貧から脱却したのは、自分たちを犠牲にして実現したこと、つまり自分たちから仕事を奪い、自分たちの社会を空洞化させることで可能になったことだと考えている。

そして、そんな形の「援助」に同意した覚えはないとして、選挙で不満を表明している。

こうした認識が正しくないとか、誇張だとかいったことは重要ではない。政治的に重要なのは、世界的な貧困からの脱却が、豊かな国々ではさほど歓迎されていないことだ。

移民とグローバル化は多国籍企業や高学歴エリートを利しているだけで、自分たちにはプラスになっていないと考える多くの人たちは、民主主義の仕組みさえ放棄しようとしている。

アメリカでポピュリズムが台頭するに従い、中国はパートナーから脅威に変わってきた。米中の対立激化は、今や世界の安定(と平和さえも)を脅かしつつある。

だが、中国経済はかつての成長の勢いを失いつつある。コロナ禍の影響もあるが、それ以上に内政と人口動態が大きなネックになっている。このため中国指導部は権威主義的な色彩を一段と強めており、反体制派や香港の政治的自由を厳しく弾圧するようになった。

政治の世界では皮肉な態度がはびこっているが、私たちは貧困脱却の流れを維持・拡大する新しい世界経済秩序が必要だ。また国内政治にもっと注意を払い、富裕国に住んでいるが経済的にはあまり豊かではない、教育水準の低い大多数の暮らしにもっと配慮する必要がある。

最後に目先の問題として、正確なデータ把握が脅かされている。これまでにも、中国政府が発表する統計は慎重に解釈する必要があったが、最近はインドも同様の傾向にある。インド政府が公表する経済成長率は信じ難く、操作されている可能性が高い。アメリカでは政治の二極化で貧困の尺度がばらばらになり、貧困の存在を否定するものさえある。

50年後の世界も非自由主義的で非民主主義的だったら、貧困からの脱却が続いているか、それともストップしたのかを知る方法さえ、なくなっているかもしれない。

(刊行から10年目を迎える『大脱出──健康、お金、格差の起原』の2024年版序文より抜粋)

©Project Syndicate

20240528issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月28日号(5月21日発売)は「スマホ・アプリ健康術」特集。健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、S&P500年末予想を5500に引き上げ

ビジネス

UAE経済は好調 今年予想上回る4%成長へ IMF

ワールド

ニューカレドニア、空港閉鎖で観光客足止め 仏から警

ワールド

イスラエル、ラファの軍事作戦拡大の意向 国防相が米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 4

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 8

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 9

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中