最新記事
感染症

「歩く肺炎」の恐怖、耐性菌大国に忍び寄る子供たちのマイコプラズマ肺炎危機

Another Deadly Outbreak?

2023年12月4日(月)20時28分
アニー・スパロウ(米マウント・サイナイ医科大学助教)

231212P28_CHE_02.jpg

抗菌薬を簡単に買え、乱用が広がる中国は「耐性菌大国」(江蘇省の薬局、2021年) COSTFOTOーFUTURE PUBLISHING/GETTY IMAGES

中国政府は、肺炎の症状を見せる子供たちの親に、アジスロマイシン(最も一般的なマクロライド系抗菌薬で、マイコプラズマ肺炎の第1選択薬だ)の使用を控えるよう呼びかけるだけで、変異株については言及していない(中国では抗菌薬が医師による処方箋なしで市販されている)。

さらに懸念されるのは、今回のマイコプラズマ肺炎の流行を大きなリスクと見なさないというWHOの判断が、抗菌薬で容易に治療できるという理由に基づくことだ。

アジスロマイシン耐性のあるマイコプラズマ肺炎は世界的に報告されており、中国における耐性率は特に高い。

中国疾病対策予防センターによると、09〜12年の北京におけるマイコプラズマ肺炎のマクロライド耐性率は90~98.4%にもなる。つまり8歳未満の子供がマイコプラズマ肺炎に感染すると、効き目のある治療法はないことになる。

WHOは中国に圧力を

今回の肺炎流行が新しい病原体によるものではないかという不安は、既に縮小しつつある。それにマイコプラズマ肺炎が死に至ることはほとんどない。だが、抗菌薬が効かない薬剤耐性(AMR)が死をもたらすことはある。

抗菌薬が効かないために命を落とす人は、年間130万人にも上る。新型コロナによる死者を上回る数字だ。この脅威と無縁の国はない。そして抗菌薬が市販されている中国は、薬剤耐性の問題で世界をリードしている。

感染症専門医なら誰しもWHOに聞きたいことだろう。

今回流行しているマイコプラズマ肺炎のマクロライド耐性率を中国当局に質問したのか。そしてその回答をリスク評価に含めたのか。成人のマイコプラズマ肺炎治療に使われる抗菌薬ドキシサイクリンやキノロンへの耐性はどうか──。

中国の沈黙は驚きではない。

1人当たりの抗菌薬消費量が(抗菌薬が大好きな)アメリカの10倍であり、抗菌薬の適正使用に向けた支援もあくまでも表面的にとどまっている。

2カ月後には数億人が大移動する春節(旧正月)がやって来るが、WHOが中国当局に移動制限を勧告する気配はない。

WHOは、中国政府の身勝手な説明をうのみにするのではなく、病原菌の変異株が広まらないよう中国に公然と圧力をかけるべきだ。

消毒剤と抗菌薬が発明されるまで、医療の世界で手術は最後の手段だった。

抗菌薬がなければ、私たちは過去150年にわたる臨床と外科における医療の進歩を失うことになる。だが10年後には、有効な抗菌薬はほとんどなくなる恐れがある。

多くが予想するような新型ウイルスではないかもしれないが、新たなパンデミックはもう到来しつつあるのだ。

From Foreign Policy Magazine

20250408issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月8日号(4月1日発売)は「引きこもるアメリカ」特集。トランプ外交で見捨てられた欧州。プーチンの全面攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

貿易分断で世界成長抑制とインフレ高進の恐れ=シュナ

ビジネス

テスラの中国生産車、3月販売は前年比11.5%減 

ビジネス

訂正(発表者側の申し出)-ユニクロ、3月国内既存店

ワールド

ロシア、石油輸出施設の操業制限 ウクライナの攻撃で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中