最新記事
エネルギー

石油ショックは「今回はない」理由とは?...ただし「ハマスとの戦争」に終わる場合に限る

NO OIL SHOCK THIS TIME

2023年10月27日(金)13時40分
ジェイミー・クロス(豪メルボルン・ビジネススクール助教〔統計学〕)
石油

AP/AFLO

<50年前の第4次中東戦争を彷彿とさせる事態だが、禁輸も価格高騰もないのはなぜか>

10月7日にパレスチナ自治区ガザのハマスが越境攻撃を仕掛け、こうなれば「戦争」だとイスラエルが宣言すると、週明けの国際市場で原油価格が急騰した。50年前の1973年10月6日に第4次中東戦争が始まったときも、世界の原油価格は翌年の1月にかけて4倍に跳ね上がった。アメリカがイスラエルへの経済的な支援を約束したからだ。

当時のアラブ石油輸出国機構(OAPEC)はアメリカとイギリス、カナダ、日本などへの石油輸出を停止した。今回も同じようなことが起こるだろうか。「歴史は繰り返さずとも韻を踏む」というが、答えはほぼ確実に「ノー」だと言える。

73年と今回の出来事の間には不気味な共通点がたくさんあるが、異なる点も多々ある。

■過去と今回の決定的な違い

73年のイスラエルはエジプトとシリアという2つの産油国を敵にした。そのイスラエルにアメリカが支援の手を伸べると、OAPECは石油の禁輸に踏み切った上、減産を繰り返して国際石油価格を押し上げた。

今回イスラエルが敵対するのは産油国ならぬハマスという組織だ。ハマスが支配するのはイスラエルとエジプトと地中海に囲まれた小さな地域にすぎない。ガザ地区にもイスラエルにも石油はほとんど出ない。

【動画】世界が報じたオイルショックの日本(1973年) を見る

■価格高騰は短命

石油資源の豊富なイランが戦争に加担する可能性はある。ハマスによる奇襲計画を手助けしたという説も流布されている(イランの最高指導者アリ・ハメネイは関与を否定)。

一方で石油輸出国がハマス支持を打ち出して供給を削減する可能性もある。だが今現在、そうなると信じるに足る理由はない。原油価格にもさほどの動きは見られない。

昨年ロシアがウクライナに侵攻したときには、北海ブレントが1バレル=約95ドルから110ドルへと15%跳ね上がった。それまでロシアは世界3位の産油国として世界の供給量の約10%を生産していた。

今回は対照的に、北海ブレントは奇襲前の6日の金曜の終値が約84ドル。週明けの9日の月曜には88ドルまで上昇したが、すぐ86ドルに戻した。9月の高値94ドルよりもずっと低い。

■値上がりした理由

石油の値上がりは供給不足によるとは限らない。需要の急増も役割を果たす。需要増は「予備的需要」と「投機的需要」に分類できる。

予備的需要とは、供給逼迫に備えて余分に備蓄するための需要だ。投機的需要とは、さらなる価格上昇で儲けようとする投資家の需要。いずれも価格を押し上げる。ただしどちらも、想定外の事態に至らない限り比較的に短期の影響で済む。今回、その影響は小規模にとどまっている。

231031p30_SKY_02.jpg

1973年の第1次オイルショックでは米国内でもガソリンが不足し、各地のガソリンスタンドが「休業」に追い込まれた H. ARMSTRONG ROBERTSーCLASSICSTOCK/GETTY IMAGES

■本当に高騰したら

原油価格が高騰した場合、筆者のいるオーストラリアのように経済が比較的に小規模で開放的な国は輸入価格の上昇という被害を受ける。

だが、仮に価格が高止まりしたとしても、現在までのような水準なら小さな影響しか及ぼさないと想定できる。今回の事態を受けての原油価格の上昇は約1日で終わったし、上昇率は5%に届かなかった。

仮に5%の上昇が続いても、私たちの試算ではオーストラリアのインフレ率は最大で0.3%上昇する程度だ。GDPは約1%低下し、実質為替レートは2%低下するかもしれない。

当然、オーストラリア準備銀行(中央銀行)は原油価格の推移を注視している。だが原油価格が安定し、あるいは今までほど不安定でなければ、中東の戦争を理由に政策金利を操作することはなさそうだ。

The Conversation

Jamie Cross, Assistant Professor of Econometrics & Statistics, Melbourne Business School

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ガジェット
仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、モバイルバッテリーがビジネスパーソンに最適な理由
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、連邦基準準拠の身分証ない国内線搭乗者に45ドル

ビジネス

米テスラ、11月も欧州で販売低迷 仏などで前年比6

ビジネス

米感謝祭後3日間のオンライン売上高236億ドル、景

ビジネス

米ワーナー、ネットフリックスなど買い手候補が改善案
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 9
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中