最新記事
野生生物

オオカミが怖い欧州の政治家たち...2万匹にまで急増し「政治的」となった理由

EUROPE’S WOLF THREAT

2023年10月19日(木)13時00分
イリア・グリドネフ(ジャーナリスト)

231024P44_OKM_01.jpg

ドイツ・ブランデンブルク州で行われた家畜をオオカミから守る運動(2017年) PATRICK PLEUL-PICTURE ALLIANCE/GETTY IMAGES

しかしヨーロッパでは、農民に強い味方がいる。フォンデアライエンは9月中旬に欧州議会で行った一般教書演説でも、農業に関する「戦略的対話」の必要性を重要な柱にした。彼女は、農家が「来る日も来る日も食料を供給してくれる」ことに感謝を述べた。

来年6月には欧州議会選挙が行われる。農業関係者が神経をとがらせ、保守派陣営が極右の一層の台頭を警戒するなかで、いまオオカミの問題が注目を集めている裏に政治的な計算を感じ取る人も多い。

「ヨーロッパにはもっと大きな問題がある」と、ドイツ緑の党に所属する欧州議会議員ダニエル・フロイントは言う。「EPPは、極右政党などとの連携をますます強めていることから有権者の目をそらそうとしているのだろう」

オオカミの個体数を減らそうとする動きが突然活発になった背景に、フォンデアライエンの個人的な動機を感じ取る見方もある。9月のオランダ議会での討論で左派のレオニー・ベテリング議員は「自分の子馬がオオカミの犠牲になったので、復讐に走った」と、フォンデアライエンを非難した。

農民党が選挙で勝った意味

いずれにせよ、この問題は、農家がまさに「オオカミが来た!」と叫べば、EU幹部が耳を傾けることを示している。

EUを代表する農業補助金制度である共通農業政策(CAP)の総額は約3870億ユーロと、EUの総予算の3分の1を占める。EUからは600億ユーロ強の補助金が農家に交付されているが、農家は昨年の数字でEUのGDP全体の1.4%しか生産していない。

スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリは、EUの農家保護に抗議を続けている。特に、ヨーロッパの農業がEUの温室効果ガス排出量の約10%を占めているにもかかわらず、50年までにヨーロッパでカーボンニュートラル(温室効果ガス排出の実質ゼロ)を達成する取り組みから除外されていることを批判している。

この点を変えるため、来年には農家にもほかの産業と同様に排出量削減の責任を負わせるという動きが起きたが、それがオランダ政治に地殻変動をもたらした。3月に行われた州議会選挙で、農家を代表する農民市民運動が第1党になったのだ。この結果はヨーロッパ中に衝撃を与え、中道右派政党が握っていた地盤を危うくしている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン・トランプ候補、6月27日にTV討論会で対

ワールド

スロバキア首相銃撃で負傷、生命の危機脱する 「政治

ビジネス

GDP1─3月期は2四半期ぶりマイナス、年率2.0

ビジネス

日本郵政、アフラックを持ち分法適用会社に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 5

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中