マイナンバーカードが次々に失効していく... 岸田政権が「保険証廃止」を強引に進める真の理由とは
混乱は必至の「戸籍法改正」
政府は急きょ、6月に閉幕した国会で法改正を行い、戸籍に読み仮名を必須とする戸籍法改正を行った。法律が施行されると1年以内に本籍地や住所地の役所に行って読み仮名を申請しなければならない。その時、誤った読み仮名を申請してしまう「ヒューマンエラー」のリスクは残る。預金口座のカタカナと戸籍上の読みが違っているケースもあるに違いない。名前の読みを証明しようにもパスポートはローマ字で、表記も複数認められているケースがある。
届出がなかった人には住民基本台帳などの読みを「了承したものとみなす」ことになりそうだが、混乱は必至だ。そもそも戸籍に使われている漢字には当用漢字や人名漢字以外のものもあり、誤字が登録されているものすらある。文字が違ったり、読みが違えば、コンピューターは同じデータとは判断せず、つまり別人と扱うわけだ。
そもそも、戸籍の人口と住民基本台帳の人口も大きく違うし、海外に1年以上赴任する場合など、転出で住民票はなくなる。そういう仕組みになっているのだ。
個人を「本人」と特定する仕組みがバラバラ
健康保険のデータを管理する健康保険組合のデータとマイナンバーのデータが一致しないのも同様の問題だ。健康保険証には読み仮名があるが、住民基本台帳の読み仮名と同じである保証はない。登録する時点で確認している組合はほとんどないからだ。また、健康保険証には写真もないし、名前も本名ではなく通称を保険証の表氏名欄に記載することを認めているケースもある。
つまり、個人を「本人」と特定する仕組みが年金や保険など制度ごとにバラバラでそれをきちんと整理する「X」、すなわち仕事の見直しをこれまでやってこなかったわけだ。それを一気にマイナンバーカードに紐付けて、従来の健康保険証を廃止するというから大混乱が生じているわけだ。健康保険証にマイナンバーを利用し、その保険証でもマイナ保険証でも問題なく保険が使えるようになってから、一体化すれば簡単に移行できたはずだ。
今回の不祥事を受けて、マイナンバーカードを返納する動きが広がっている。本人が役所に行って手続きをすれば、一度公布されたカードでも無効にできるのだ。それだけではない。実はマイナンバーカード自体に有効期限がある。カード自体は発行から10回目の誕生日を迎える日まで。カードの交付が始まったのは2016年1月なので、2025年1月以降失効するカードが出始める。さらにカードに付いているICチップの電子証明書の有効期限は5年なので、役所に出向いて更新しなければいけない人が出始めている。これを放っておくとカードは無効になってしまう。
保険証廃止はマイナンバーカードを存続させるため
河野大臣がNHKの日曜討論で、「マイナンバーカードという名前を変えるべきだと個人的には思う」と発言して、その後、松野博一官房長官が否定する場面があった。これは番号よりもICチップの電子証明書が重要なカギの役割をしているためだ。
つまり、ポイントを大盤振る舞いしてやっと8割に達したカードが、国民に使われなければ次々に失効していく。おそらく保険証を強制的に廃止しようとしているのは、利便性を増すためではなく、マイナンバーカードを存続させるためだろう。結局、デジタル化を進める「D」側の人たちは自分たちのペースで自分たちの考えるデジタル化を進めようとしているのだろう。一方で「X」側にいる役所などの職員も旧来の仕事の仕方を極力見直さないで済ませようとしている。
結局最後は、「世界で最も複雑なシステム」(政府に近いIT専門家)と言われる膨大な仕組みが出来上がるのだろう。複雑になればなるほど「ヒューマンエラー」は生じる。マイナンバーを巡る混乱は残念ながらまだ当分続くことになりそうだ。
磯山友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。