最新記事
チベット

「ダライ・ラマは小児性愛者」 中国が流した「偽情報」に簡単に騙された欧米...自分こそ正義と信じる人の残念さ

MANIPULATING BIASES

2023年6月1日(木)18時02分
マグヌス・フィスケジョ(コーネル大学准教授、人類学)

ドナルド・トランプ前米大統領のスピーチもこれに似ている。トランプは本当にひどいことを言いたいとき、言葉を最後まで言わない。聴き手が勝手に残りを補い、それで満足し、正義は自分たちにあると信じ込むように仕向ける。

同じように、ダライ・ラマをおとしめたい中国側はSNSに絶妙な餌を投げ込んだ。トランプの餌に食い付くのは右翼のナショナリストだが、今度の餌にはもっぱら左翼のリベラル派が食い付き、やはり正義は自分たちにあると信じた。

チベットの人が挨拶に舌を使うことは、よく知られている。それでも、この切り取られた動画を見て「待てよ、これは誰かが、何らかの意図で仕掛けたものではないか」と疑う人はほとんどいなかった。

スロベニアの哲学者スラボイ・ジジェクはチベット語の「私の舌を食べて」の意味を正しく理解していたが、そこに西洋的な基準を当てはめて性急な判断を下すことの危険性を指摘するところまではいかなかった。

もちろん中国側は、そういう西洋人の独善的な傾向を見抜いていた。そしてもくろみどおりの成功を収めた。私の母国スウェーデンでは最大手の日刊紙アフトンブラデットが、少年に「舌を吸ってくれ」と頼んだダライ・ラマに非難が集中と、何の背景説明もなしで伝えた。この新聞は続報でカーディ・B(アメリカの有名なラッパー)の言葉を引用し、「児童虐待の加害者」への総攻撃を開始した。他のメディアも同様に、チベット文化やチベットにある強制収容所の問題には触れもせず、この「スキャンダル」だけを報じた。

アメリカでは、由緒あるAP通信も同じような対応を見せていた。子供の味方を自称する独善的な人々が先を争って暴走した。メディアに登場する人たちも、仕組まれた画像を疑うことなくダライ・ラマを非難し、調査を要求した。

こんなことではチベットの人たちがさらに苦しみ、傷つくだけだ。彼らは長年にわたり中国に占領され、独自の文化を否定され、中国文化への同化を強いられてきた。そして今は中国の仕掛けた中傷キャンペーンで悪者扱いされ、世界中の人々から一方的な非難を浴びている。

民主主義国をむしばむ工作

さすがに、インドにはこうした事情をよく知る識者がいて、SNSを通じて偽情報が瞬時に拡散してしまう恐怖の事態から何を学ぶべきかを考察している。彼らが示唆しているとおり、今回の事態には、チベット人ではない私たちが真摯に向き合うべき大きな課題がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン、米国との交渉を否定 国連大使「唯一の言語は

ワールド

トランプ氏、米軍は「永遠に」戦争可能 大勝利に万全

ワールド

トランプ氏、イランは協議望むも「すでに手遅れ」 指

ワールド

中東紛争4日目、攻撃広がり犠牲増加 想定以上に作戦
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び率を記録した「勝因」と「今後の課題」
  • 4
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 5
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 6
    人気の女性インフルエンサー、「直視できない」すご…
  • 7
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 8
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 9
    イランへの直接攻撃は世界を変えた...秩序が崩壊する…
  • 10
    「日本食ブーム」は止まらない...抹茶、日本酒に「あ…
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 9
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 10
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中