犠牲になっても、今なおロシアを美化してすがる住民たち──言語、宗教、経済...ウクライナ東部の複雑な背景とは
LIVING UNDER SIEGE
シベルスクの親ロシア派住民(1月12日) TAKASHI OZAKI
<ロシアの激しい攻撃が続く東部ドネツク州。人道支援ボランティアに同行した日本人写真家が見た、ミサイル飛び交う空の下に暮らす住民たちの今>
2月4日午前10時、スマートフォンの画面越しに衝撃的な知らせが飛び込んできた。
〈私の息子はバフムートで戦い、重傷を負った。彼は左手を失い、多くの破片が体内に残っている〉
筆者が所属しているウクライナの人道支援団体「マリウポリ聖職者大隊」のリーダーがSNSに投稿したメッセージだった。リーダーの名はゲナディー・モクネンコ(54)。昨年5月に陥落したウクライナ東部のドネツク州マリウポリで活動していた牧師だ。
路上生活の子供を救い、里親制度の普及に努めてきた彼は37人の養子を育てた。その1人、13歳のときゲナディーの養子になった元孤児のスラフカが前線で倒れたのだ。
〈2014年、ロシアがわれわれを殺しにきたとき、彼は志願兵になった。そして昨年3月、戦線に復帰した。彼には3人の小さな子供がいる。生きていてくれてありがとう〉
このときゲナディーは、ウクライナの惨状を世界に訴えるために渡米中だった。彼の元に届いた息子の写真は顔面が血まみれで、肩には治療用の管が刺さっている。
若き兵士が次々と倒れている激戦地、ドネツク州バフムート。2月5日にはイギリス国防省が、ロシア軍の前進によってこの地は「ますます孤立している」と分析した。私は1月に渡米直前のゲナディーに同行し、バフムートと周辺の街を訪ねていた──。
1月11日午後1時。ザポリッジャの倉庫に、マリウポリ聖職者大隊のメンバーら12人が集まった。
「私たちの旅が安全でありますよう神に祈ります。アーミン」
ゲナディーの祈りの言葉を受け、5台の車が東へ向かった。トラックには支援物資の食材や飲み物などのほかに、ドイツから届いたクリスマスプレゼントが積まれていた。
前線の街にプレゼントを届けようと考えたのは、ゲナディーの友人でモルドバ出身の実業家、アレキサンドル・レアホフチェンコ(34)。20代のときにアメリカ移住を決め、今はロサンゼルスのモザイク教会で活動している。発意の理由について尋ねると、彼はこう答えた。
「決めたのは10月で、すぐに募金を呼びかけた。特に理由はないよ。気付いたら、もう動き始めていた」
彼はロサンゼルスの教会で集まった募金をドイツ人のクリスチャン、ニコライに送りプレゼントの作成を依頼した。2人が知り合ったのは、親ロシア派政権を崩壊させた2013~14年のマイダン革命だ。デモの現場に支援物資を送ってもらったときの縁が続いていた。
この冬、ドイツ各地の教会からザポリッジャに届いたプレゼントは約3000個。「クリスマスと無縁なウクライナに何かできることはないか」と、世界中のクリスチャンが抱いていた思いが実った企画だった。