国家転覆を狙う「加速主義者」の標的は「電力インフラ」──未解決事件が相次ぐアメリカ
PROTECTING THE GRID
幸い、メトカーフの事件も昨年のムーア郡の事件も、変電所が実際に受けたダメージは軽微で、電力供給への影響はほとんどなかった。だが、もっと損傷が大きければ、そうはいかなかっただろう。なにしろ変圧器やブレーカーなどの機器のほとんどは外国製で、交換品を調達するには多くの時間とコストがかかる。
電力網が破壊工作に弱いことは、かねてから指摘されていた。メトカーフの事件後、連邦エネルギー規制委員会(FERC)は、全米の変電所のうちわずか9カ所の重要施設と、数少ないアメリカの変圧器メーカーの1つがダメージを受けただけで、アメリカ全体の電力網が少なくとも1年半麻痺する可能性があるという報告書をまとめた。
過激派組織は、この報告書から多くを学んだようだ。ネット上で共有されているある極右組織の資料には、メトカーフの事件と、FERCが指摘した9つの変電所が記載されている。「当時、非常に大きな懸念を抱いた」と、メトカーフの事件のときFERCの委員長だったジョン・ウェリンホフは語る。
「ムーア郡の事件でその心配がよみがえった」
「数は少ないが、アメリカの電力網には今も、(攻撃を受ければ)重大な結果をもたらす重要ポイント」があると、ウェリンホフは警告する。「この脅威は現実的なものだ。アメリカの人々は心配する必要がある」
電力網が何らかの攻撃を受けても、最悪の事態につながらないようにする最もシンプルな方法は、電力網の回復力向上に投資することだ。
生かされない大停電の教訓
既存の電力網は、わずかな障害が広範に波及しやすい構造になっている。それが最も露呈したのが、03年の北アメリカ大停電だった。アメリカとカナダで計5500万人が影響を受けた大停電だったが、究極の原因は、オハイオ州北部で巨木の枝が3本の送電線に落下したという、比較的マイナーな事故だったとされる。
そこに人的なミスとソフトウエアの誤作動が重なって、ニューヨークとトロントという大都市圏を含む、アメリカ8州とカナダのオンタリオ州で電力網がダウンしたのだ。
この大停電を受け、米議会は05年のエネルギー政策法に「信頼性条項」を盛り込むことにした。全ての電力会社は、新たに設けられる信頼性基準をクリアしなければならないというのだ。問題は、この基準を設けるのが連邦政府ではなく、事実上の業界団体である北米電力信頼性協会(NERC)であることだ。