国家転覆を狙う「加速主義者」の標的は「電力インフラ」──未解決事件が相次ぐアメリカ

PROTECTING THE GRID

2023年2月16日(木)15時45分
トム・オコナー(米国版シニアライター)、ナビード・ジャマリ(米国版記者)

幸い、メトカーフの事件も昨年のムーア郡の事件も、変電所が実際に受けたダメージは軽微で、電力供給への影響はほとんどなかった。だが、もっと損傷が大きければ、そうはいかなかっただろう。なにしろ変圧器やブレーカーなどの機器のほとんどは外国製で、交換品を調達するには多くの時間とコストがかかる。

電力網が破壊工作に弱いことは、かねてから指摘されていた。メトカーフの事件後、連邦エネルギー規制委員会(FERC)は、全米の変電所のうちわずか9カ所の重要施設と、数少ないアメリカの変圧器メーカーの1つがダメージを受けただけで、アメリカ全体の電力網が少なくとも1年半麻痺する可能性があるという報告書をまとめた。

過激派組織は、この報告書から多くを学んだようだ。ネット上で共有されているある極右組織の資料には、メトカーフの事件と、FERCが指摘した9つの変電所が記載されている。「当時、非常に大きな懸念を抱いた」と、メトカーフの事件のときFERCの委員長だったジョン・ウェリンホフは語る。

「ムーア郡の事件でその心配がよみがえった」

「数は少ないが、アメリカの電力網には今も、(攻撃を受ければ)重大な結果をもたらす重要ポイント」があると、ウェリンホフは警告する。「この脅威は現実的なものだ。アメリカの人々は心配する必要がある」

電力網が何らかの攻撃を受けても、最悪の事態につながらないようにする最もシンプルな方法は、電力網の回復力向上に投資することだ。

生かされない大停電の教訓

既存の電力網は、わずかな障害が広範に波及しやすい構造になっている。それが最も露呈したのが、03年の北アメリカ大停電だった。アメリカとカナダで計5500万人が影響を受けた大停電だったが、究極の原因は、オハイオ州北部で巨木の枝が3本の送電線に落下したという、比較的マイナーな事故だったとされる。

そこに人的なミスとソフトウエアの誤作動が重なって、ニューヨークとトロントという大都市圏を含む、アメリカ8州とカナダのオンタリオ州で電力網がダウンしたのだ。

この大停電を受け、米議会は05年のエネルギー政策法に「信頼性条項」を盛り込むことにした。全ての電力会社は、新たに設けられる信頼性基準をクリアしなければならないというのだ。問題は、この基準を設けるのが連邦政府ではなく、事実上の業界団体である北米電力信頼性協会(NERC)であることだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶

ワールド

タイ、2月8日に総選挙 選管が発表

ワールド

フィリピン、中国に抗議へ 南シナ海で漁師負傷

ビジネス

ユーロ圏鉱工業生産、10月は前月比・前年比とも伸び
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中