最新記事

人権問題

ロヒンギャ難民船がインドネシアに相次ぎ漂着 ミャンマー脱出後各地で苦難続く

2022年12月27日(火)13時40分
大塚智彦

2017年8月にはバングラデシュとの国境に近いミャンマー治安組織の駐在所20カ所以上が襲撃され12人が死亡する事件が発生。ロヒンギャ族武装組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」が犯行声明をだした。

以後政府軍とARSAによる戦闘が激化する一方で、ロヒンギャ族難民は増加。バングラデシュに逃れた難民は約100万人に達する事態になった。

そして2021年2月1日にミン・アウン・フライン国軍司令官率いる軍によるクーデターでスー・チー率いる民主政府は転覆され、スー・チーら政府関係者は軍政によって逮捕、裁判の被告人として現在まで囚われの身となっている。

しかし、民主政権から軍政に変わってもロヒンギャ族そしてARSAへの弾圧や攻撃は継続され、ロヒンギャ族の厳しい立場は続いている。

さらに同じラカイン州で仏教徒が主体の少数民族ラカイン族の武装組織である「アラカン軍(AA)」も民主政府時代からの武装闘争を現在の軍政との間でも繰り広げている。

このようにスー・チーの民主政権、現在の軍事政権と政府は変わってもARSAやAAなど少数民族への差別、弾圧、攻撃は変わらず続いていることもミャンマーの治安悪化を招く要因となっている。

さらなるロヒンギャ族難民船が漂着

国際機関は12月23日にマレーシア、インドネシアなどの周辺国に対して「190人のロヒンギャ族難民が乗った小型船舶がアンダマン海海域で漂流している」として発見、救助の要請を出した。

この船は11月末にバングラデシュを出発し女性や子供が多く乗り組んでいるとしている。今回アチェ州に漂着した難民船は男性ばかりだったので国際機関が指摘する行方不明の難民船とは別とみられている。

アチェ州には11月にも女性など230人が乗った2隻の難民船が漂着している。またスリランカ海軍は12月にインド洋で漂流していた104人が乗った船舶を発見保護しているといい、現在もロヒンギャ族難民の海路での脱出が続いていることを裏付けている。

今回アチェに漂着した難民は「マレーシアを目指していた」と証言したように多くのロヒンギャ族難民はイスラム教国であるマレーシアで新生活を始めることを希望している。

しかしマレーシア政府はコロナ感染防止やロヒンギャ難民の中にARSAなどの武装組織メンバーが混入している可能性があることなどから多くの難民船を食料や飲料水を与えたうえで国際海域に追い返していた。2020年には22隻の難民船を追い返したといわれている。

こうしたことからインドネシアの中でも唯一イスラム法適用が許され、厳しいイスラム教の戒律が順守されているアチェ州を目指す難民船も増えているという。

海流の影響とこうした理由が重なってアチェへのロヒンギャ族難民は増加しており、アチェ州では収容所を設置して飲料水や食料、医療品を支援して保護に努めている。

国際機関などはロヒンギャ族難民の受け入れを国際社会に求めているが、マレーシアのようにコロナ感染防止対策や過激派組織の上陸回避のため、積極的な受け入れが実現していない実情がある。

こうした状況のなか、12月26日にはアチェ州ピディ県ウジュンパイ村の海岸に新たな船が漂着し、ロヒンギャ難民185人が保護された。

11月末にバングラデシュを出発し航海中に20人が死亡、遺体は海中に投棄したと証言しているという。185人は男性成人が83人、女性成人が70人、子供が32人となっており、行方不明の難民船との関係を現在国際機関や人権団体が確認中という。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中