最新記事

カタールW杯

「返せるはずがない...」W杯の闇──死んだ出稼ぎ労働者の妻たちが、祖国で借金まみれに

Widowed and Helpless

2022年12月20日(火)13時20分
マヘル・サッタル(報道NPO「フラー・プロジェクト」シニアエディター)、バードラ・シャルマ(ネパールのジャーナリスト)

221227p44_CTL_03.jpg

カタールへの出稼ぎからネパールへ帰国した後に急死した村人の葬儀 AP/AFLO

公的な補償はわずか

ネパールでは、出稼ぎ労働者が死ぬと遺族に約5000ドルの補償が出る。ただし人権団体などによると、これくらいでは渡航に際して生じた借金を返すのがやっとだ。

どこの国も予算は限られている。バングラデシュでは政府が約6000ドルを支給する。インドの場合、出稼ぎ労働者の多いケララ州などには同等の補償制度がある。ネパールの場合は、労働者自身が出国前に約30ドルを払って死亡保険に加入する仕組みだ。

国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルとヒューマン・ライツ・ウォッチは労働組合や支援団体を巻き込んで、#PayUpFIFA(FIFAに払わせろ)のキャンペーンを展開している。FIFAとカタール政府に対し、搾取され障害を負った労働者や遺族への補償として総額4億4000万ドルの拠出を求める運動だ。

カタール政府の公式見解では、W杯関連で死亡した労働者は400~500人。ただし国内の出稼ぎ労働者は200万人(就労人口の約95%)もいるから、決して異常に多くはないという。

しかし支援者に言わせると、出稼ぎ労働者の大半は若くて元気な男たちであり、しかもカタール政府の発表には「死因不明」とされる数千人分が含まれていない。

「医療体制が万全であれば、死因不明は1%未満のはず」だと、アムネスティで出稼ぎ労働者の実態を調査しているエラ・ナイトは言う。「バングラデシュから得た資料によると、カタールでの死亡者の7割には死因の説明がない」

このキャンペーンが掲げる4億4000万ドルという金額は、W杯の賞金総額と一致する。ちなみにFIFAは対話の継続に応じるとしているが、カタール政府は「ただの宣伝」と一笑に付している。

大会が始まってからも、FIFAの設けた練習会場でフィリピン人労働者1人が修理作業中に転落死する事故があった。このときはコメントが出たが、およそ活動家たちの期待に沿うものではなかった。大会組織委員会のナセル・アル・ハテルCEOは言ったものだ。「人が死ぬのは自然なこと。仕事中でも、寝ている間でも同じだ」

#PayUpFIFAに参加する団体「エクィデム」のインド担当ディレクター、ナマラタ・ラジュによれば、支援を集める上で大きな障害になっているのは、カタール政府もFIFAも、世界中のほとんどの国と金銭上のつながりがあることだ。

「これは良心の危機だ」とラジュは言う。「世界的な労働問題だ。どうしてこんなひどい労働市場が今の時代に存在できるのか? どの国も、どの企業も、現代の奴隷制を当たり前のように受け入れるのか? 世界中のサッカーファンが自分自身に問うべき問題だ。こんなふうに成立した大会を見て平気なのか?」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国6社が香港上場、初値は概ね公開価格上回る 9億

ビジネス

ノボノルディスク、中国で肥満薬ウゴービ値下げ 特許

ビジネス

英オクトパスエナジー、テック部門クラーケンを分離 

ビジネス

午前の日経平均は小幅続落、年末のポジション調整
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 7
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中