かつて大流行したペストが、ヒトの遺伝子を強化したという研究結果──新型コロナウイルスは?
Plague and Evolution
黒死病を引き起こすペスト菌がヒトの遺伝子を進化させた? SCIENCE PHOTO LIBRARY/AFLO
<14世紀に世界で大流行した黒死病(ペスト)が人類の進化に影響を与えた証拠を示す、ネイチャー誌の最新研究。新型コロナウイルスにもその可能性があるのか?>
感染症は人類の進化を最も強く推し進める要因の1つ。この10月に発表された論文では、14世紀に大流行した黒死病(ペスト)がヒトの進化に影響をもたらした可能性を示す遺伝的証拠が示された。
ネイチャー誌に掲載されたこの論文は、ある遺伝子の変異の発生頻度がペストの大流行前後でどれだけ変わったかを比較。この遺伝子に、新たな環境に適応進化する「正の進化」がもたらされた証拠を発見した。
ペストは人類史上最悪のパンデミックの1つだ。1346年にヨーロッパ、中東、北アフリカで流行が始まり、人口の30~50%が死亡した。
原因となるペスト菌は齧歯類(げっしるい)が媒介し、ノミによって感染が広がる。「この細菌がさまざまな臓器に感染して大量に増殖する能力は、全く驚くべきものだ」と、論文の共著者の1人であるハビエル・ピサロセルダは言う。
「増殖した細菌は多臓器不全を引き起こし、死をもたらす」
ペストはその後4世紀にわたり流行したが、死亡率はおおむね低下していった。その要因として、人間が遺伝的に進化して細菌への抵抗力を獲得したという説がある。
今回の研究では、ロンドンとデンマークでペストの流行前と流行中、終息後に死亡した遺体から抽出したDNAサンプル206点を分析。
その結果、流行前のサンプルにはほとんどないが、終息後のものには数多く見られる4種類の遺伝的変異体が確認された。変異体の1つは、白血球を用いた実験でペスト菌の増殖を抑えることが分かった。
「自己免疫疾患」の増加も
進化の過程では新たに生まれた遺伝的変異体に対し、「自然選択」(生物の生存競争において有利な形質を持つものが生存する)が作用することが多い。それが集団全体に広まるには、何世代もかかることが少なくない。
ただし共著者の1人ルイス・バレイロは、この研究で新たに見つかった変異体には「選択」が作用しておらず、「既に集団に存在していた変異体が、ペスト菌の出現時にプラスに作用するようになった」と言う。
さらに彼は「論文で扱った遺伝子変異は免疫細胞、特にキラーT細胞を活性化させる働きに関与している」と言う。変異体のこうした免疫的な役割からすると、遺伝的変異体が「選択」されることで、細菌に対する一定の抵抗力がもたらされた可能性がある。