最新記事

軍事衝突

なぜ中国もロシアも手を出せない? 世界が知らぬうちに激化した中央アジア「戦争」の戦況

What’s Behind the Flare-up

2022年10月12日(水)17時34分
アセル・ドゥーロットケルディエバ(ビシケクOSCEアカデミー専任講師)、エリカ・マラト(米国防大学国際関係学部准教授)
キルギス・タジキスタン衝突

タジキスタンとの衝突で家屋が破壊された国境付近をパトロールするキルギス兵(9月21日) AP/AFLO

<知られざるキルギスとタジキスタンの衝突。ソ連崩壊後の中央アジアで最大規模となった軍事衝突を止める方法は?>

中央アジアのキルギスとタジキスタンの国境地帯で9月半ば、両国の治安当局による武力衝突が起きた。一旦は停戦合意らしきものが結ばれたが、すぐに戦闘は再開した。

タジキスタン軍はキルギス南部のオシ州まで入り込み、橋や住宅地を爆撃したとされる。さらに隣のバトケン州にも踏み込み、地元の小学校を占拠し、タジキスタンの国旗を掲揚したとされる。バトケン州はキルギスの西端に位置し、北・西・南の三方をタジキスタンに囲まれている。

この衝突は、1991年のソ連崩壊で中央アジア諸国が独立を果たして以来、この地域で起きた最も大規模な国家間の武力衝突となった。キルギスでは市民を含む62人以上が死亡し、198人が負傷し、約13万6000人が避難する事態となった。タジキスタン側も、市民を含む41人の死亡が確認されたという。

キルギス側は、これはタジキスタンによる計画的な戦争行為だと非難し、タジキスタン側はキルギスによる侵略と人権侵害を主張している。

この衝突が起きたとき、バトケンから320キロ北西に位置するウズベキスタンの古都サマルカンドでは、中国とロシア主導の地域協力組織である上海協力機構(SCO)の首脳会議が開かれていた。

つまり、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席とロシアのウラジーミル・プーチン大統領はもちろん、タジキスタンのエモマリ・ラフモン大統領と、キルギスのサディル・ジャパロフ大統領も同じ会議に出席していたのだ。だがそこで両国の国境紛争が話題になることはなかった(ラフモンとジャパロフは別席で話し合いをしたとされる)。

SCOにもCSTOにも紛争解決の能力なし

なぜか。それはSCOの目的が、中央アジアにおける中国の安全保障上の利益(と一帯一路構想)を促進することであって、この地域諸国の対立を解決することではないからだ。

キルギスとタジキスタンは、ロシア主導の集団安全保障条約機構(CSTO)にも参加しているが、CSTOも基本的には、加盟国間の紛争には介入しない。唯一、今年1月に燃料費高騰をきっかけとするデモ鎮圧を支援するため、カザフスタンにCSTOの平和維持部隊が派遣された。

今回のキルギスとタジキスタンの衝突を受け、CSTOは外交的仲介を申し出た。ロシアとしては、中央アジア諸国がロシアの庇護抜きで結束するのも困るが、お互いのいがみ合いが行きすぎて不安定の源泉になるのも困る。

タジキスタンのラフモンはロシア政府と親しい関係にあるから、CSTOはラフモンのキルギス侵攻に待ったをかけられない、との見方がキルギスでは強い。実際、プーチンはウクライナ侵攻後初の外遊先としてタジキスタンを選び、ラフモンと会談した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 7
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 8
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中