最新記事

日本政治

日本政治の短絡化を進めた「闘う政治家」安倍晋三

THE LEGACY OF ABE

2022年9月29日(木)11時00分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

221004p22_IDO_03.jpg

タカ派外交と「軽武装」路線からの転換には戦争のリスクが(2006年) ISSEI KATO-REUTERS

こうしてみると、安保問題について世論を押し切り、国外から評価を獲得した安倍政権は「勝者」に見えるのかもしれない。

だが、歴史はそう単純なものではない。

生前の安倍が最もこだわっていたのは、憲法改正だった。支持率に直結する景気を上向く状態を維持しつつ、野党がまとまらないタイミングで解散を仕掛け選挙で勝利を収める。その先にあったのは、保守政治家として改憲を果たした史上初の総理として歴史に名を残すという悲願だったのだろうが、最後まで実現しなかった。

読売新聞のインタビューで2017年、唐突に憲法9条に3項を加えて自衛隊を明記するという案を提示したにもかかわらず、だ。

より現実的に公明党や中道の野党政治家からも支持を得やすい案ではあった。だが森友、加計学園問題、桜を見る会とスキャンダル対応が続き、改憲議論は後回しになった。強い思いで打ち出した改憲は近づくどころか、対立図式が温存されたまま残ってしまった。

安倍は味方に対しては融和的に、民主党、護憲派といった「政敵」には攻撃的に振る舞った。異論を持つ者に寛容であったり、丁寧な説得を試みたりするということはなかった。

安倍の姿勢に呼応するように対抗するリベラル野党側も対立を打ち出し、支持者も含め、ふわっとした「反安倍政治」が結節点になっていった。

進んだのは、政治の短絡化である。

リベラル野党の政治家の多くは先に見たように、金融緩和政策でも反対論を強めた。その論理は安倍政権が採用したからという受け身のものでしかない。安倍政権が取った安全保障政策についても現実的な解を示せないまま、今に至る。

一致した政策を練り上げることよりも、目先にある最もホットかつ政権にダメージを与える話題をメディアを通じて争点化すること。そして、岩盤リベラル層がいるSNSで訴えることに力を入れるようになってしまった。

一度、攻撃的な言葉を覚えた支持層は保守、リベラル問わず現実的な落としどころを探る動きを生ぬるく感じるようになってしまう。

批判は信頼関係を基盤とするが、対立に信頼はない。国葬が終わった後も続くであろう対立と相互不信を乗り越えることができるだろうか。

楽観的なシナリオは、そう多くは用意されていないように思えるのだが......。

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中