最新記事

日本政治

日本政治の短絡化を進めた「闘う政治家」安倍晋三

THE LEGACY OF ABE

2022年9月29日(木)11時00分
石戸 諭(ノンフィクションライター)

221004p22_IDO_02.jpg

アベノミクスは景気回復をもたらしたが円安という副作用も(2015年) ISSEI KATO-REUTERS

武闘派スタイルが裏目に

安倍政権の代名詞であるアベノミクスが掲げた第1の矢、すなわち金融政策については成果を上げた。それまでの日銀の消極的な金融政策からはおよそ考えられないような大胆な金融緩和政策が実現した。

官僚組織の論理に従った抵抗もあったことは想像に難くないが、政治家の決断ひとつで変わったのだ。

結果、民主党政権下で1ドル=70円台まで進んだ円高は是正され、日経平均株価は上昇トレンドに転じる。有効求人倍率も同様のトレンドを描き、2013年後半には求人の数が職を求める人の数を上回るようになった。

機動的な財政政策が発動されなかったこと、2度の消費税増税によって、その成果を国民が実感できないものになったことは否めないが、特に若年層にはプラスに働いたのは厳然たる事実だ。

多くの政治学者が安倍をはじめ、政権関係者にインタビューを重ねて編まれた『検証 安倍政権 保守とリアリズムの政治』(文春新書)によれば、安倍もまた自民党の組織票が弱っていることを自覚していた。そこで、新しい票田として意識的に取りに行ったのが若年層だったという。

自民党の組織票は年々弱っている。彼の死後、注目を集めた宗教票だけでなく、地域組織や地元後援会が党全体で弱ったこと。これが危機だったのだ。

自民党は連立政権を組み、組織票の弱体化分を補完した。そこに加えて安倍政権がターゲットにしたのが若年層だったとみることができる。アベノミクスによる雇用の改善は、新たな支持基盤の掘り起こしにもつながった。

アベノミクスは欧州ならリベラル政党が取るようなスタンダードな金融政策である。だが、日本のリベラル野党は安倍政権が採用したというだけで否定的な論調を強め、ついぞ若年層の政権支持を理解しなかった。

「対立」に信頼関係はない

外交安全保障でも大きな対立が起きた。国会前デモが大きな話題になった2015年の安保法制制定時に、国民世論は大きく二分された。

国会前に「安倍はやめろ」コールが響き渡り、安倍政権の支持率は一時的に下がったが、いざ成立してしまうと逆風にはならなかった。

逆に世論を味方につけようとしたはずの野党のほうが議席を伸ばすことができなかった。一度は下がった安倍政権の支持率も、回復に転じた。

死後、CNNなどアメリカのメディアが「アジア太平洋地域の多くの人々にとって、安倍晋三元首相は先見の明のある人物だった」と、注目したのが安倍政権で打ち出した「自由で開かれたインド太平洋」構想だ。

「経済重視と軽武装で、安全保障はアメリカに委ねる」という吉田茂が打ち出した外交方針からの転換は、国際的な評価にはつながった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 10
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中