最新記事

温暖化

スイスの領土がひっそりと広がる 氷河融解で

2022年8月2日(火)18時36分
青葉やまと

イタリア領に属していた山小屋が氷河融解でスイス領に。税金はどうなる......?

<アルプスのスイス国境は、解けた水が流れ出す方向で決められている>

紛争を仕掛けて領土を拡大しようとする大国がある一方、自然現象によって国境線が引き直されるケースもあるようだ。温暖化により解けた氷河の影響で、アルプスのスイス領土がひっそりと拡大する見込みとなった。

気候変動による気温上昇を受け、スイス・イタリア国境付近にそびえるマッターホルンでは、尾根の一部に広がるテオドール氷河が急速に融解している。氷河の下に構えていた岩地が露出したことで、解けた水がどちらの国に向けて流れるかの分け目となる「分水嶺」が大きく移動する結果となった。

アルプスを走るスイス・イタリア間の国境は、この分水嶺を基準に設定されている。ある地点で氷河から解け出た水がスイス側へと流れればそこはスイス領、イタリア側へ流れてゆけばイタリア領という具合だ。

テオドール氷河の融解が進んだ結果、いまでは分水嶺がスイス側からイタリア側へと食い込み、100メートルほどの区間で国境を再設定する事態となった。

よくある国境変更だが、2ヶ国にまたがる山小屋が問題に

英ガーディアン紙は気温上昇によりテオドール氷河が大きく失われており、1973年から2010年までにその体積のほぼ4分の1が消失したと報じている。急速に溶ける氷河の影響で、両国間の国境線はこれまでにも何度か引き直されてきた。

もっとも、このような引き直しは通常、大きな争いの種になることはない。政治レベルの問題にはならず、測量士たちが現場に出向くだけで国境の再設定が行われている。スイス連邦地形局で国境管理を担当するアラン・ウィッチ氏は、英テレグラフ紙に対し、「大した価値のない領土をめぐって議論しているのです」とこともなげに語る。

ただし、今回は国境線上にリフュージオ・グイデ・デル・チェルヴィーノと名付けられた山小屋が建っていることで、その帰属をめぐり両国間の協議に発展した。山小屋とはいっても大規模なもので、イタリアン・レストランや宿泊施設が備わる。年間を通じて登山者やスキー客たちに愛用されており、少なくない税収が発生している。

もとはイタリアだった山小屋、氷河融解で大部分がスイス領に

ユーロ・ニュースとAFP通信の共同記事によると、1984年に山小屋が建てられた当時は、山小屋全体がイタリア領に属していた模様だ。ところが分水嶺の変化を受け、いまでは入り口がかろうじてイタリア側に残るのみとなった。

山小屋は40床ある宿泊施設とレストランなどを有するが、いまではそのほとんどを含む全体の3分の2がスイス側に立地している。宿泊者はイタリアから山小屋に入り、夜はスイス領で寝るという不思議な体験をする。

ほぼスイスに位置するようになったいまでも、山小屋は創業当時の伝統に倣い、イタリアの習慣に従って営業を続けているようだ。メニューはイタリア語で書かれ、支払いはスイスフランでなくユーロで受け付けている。

では山小屋のなかに検問所があるかというと、さすがにそこまで不便ではないようだ。スイス・イタリアともにシェンゲン協定の加盟国であるため、国境におけるパスポート・コントロールはもともと不要となっている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日韓などアジア歴訪 中国と「ディ

ビジネス

ムーディーズ、フランスの見通し「ネガティブ」に修正

ワールド

米国、コロンビア大統領に制裁 麻薬対策せずと非難

ワールド

再送-タイのシリキット王太后が93歳で死去、王室に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 4
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 5
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 6
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 7
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中