世界初、鳥の言葉を解読した男は研究のため東大助教を辞めた「小鳥博士」
ここ1、2年でシジュウカラ語の研究が広く知られるようになり、鈴木がメディアに露出する機会も増えた。現在、新しい研究に取り組んでいる最中で、これまで通り観察と実験に没頭していたいはずだが、合間を縫って対応している。
それは、「自分が見てきた新しい世界を、人間の世界につなぎたい」という想いがあるからだ。特に、子どもたちに伝えたいという気持ちが強く、NHKの科学番組に出たり、中学生の国語の教科書に説明文を書いたりしてきた。
「僕は小さい時の経験が今に続いているし、その頃からいろいろ観察してきたことで、今、ほかの人と見える世界が違うと感じています。勝手に人間だけが高貴な存在と思ってしまうと、例えば環境を守らなきゃいけないと言われても、本当の意味で理解できないと思うんです。でも、言葉を持っているのが人間だけじゃないとわかったら、ほかの動物の見方も変わるでしょう。この豊かな世界を知ることが、自然に対して人間はなにができるのかを考える上で大事だと思っています。子どもたちがそういう観点を持つことは、すごく大切なことだと思うんです」
寝ても覚めてもシジュウカラ
冒頭に記したように、鈴木は「動物言語学」という学問を創設しようとしている。この学問が国境を越えて広がり、シジュウカラ以外の動物も言葉を話していることがわかったら? 今、人間が見ている世界は、表層なのかもしれない。
ところで、古今東西の動物学者のなかで、なぜ、鈴木だけが動物の「言葉」を解き明かすことができたのか? この言葉が、答えだろう。
「僕は、シジュウカラという動物を世界で一番見てるんで。ほかの人が追いつかないぐらいの時間をかけて観察しようと思っていて、そしたらほかの人が気づかないことに気づくんですよ」
著名な芸能人と一緒にテレビに出るようになった今も、軽井沢では格安のゲストハウスが定宿。朝はシジュウカラのさえずりで目覚め、夢にはシジュウカラの鳴き声の波形が出てくる。寝ても覚めてもシジュウカラに囲まれた生活だ。息抜きする時は、なにをしているんですか? と尋ねたら、間髪入れず、こう答えた。
「公園に行ってシジュウカラを見る!」
川内 イオ(かわうち・いお)
フリーライター
1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントコーディネートなどを行う。2006年から10年までバルセロナ在住。世界に散らばる稀人に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」の実現を目指す。著書に『1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人』(ポプラ新書)、『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』(文春新書)などがある。