世界が忘れた「中印」衝突の危機──振り上げられた「習近平の拳」の行方は
THE CLASH OF ASIA’S TITANS
中国と国境を接するラダック地方を行くインド軍部隊(昨年6月) YAWAR NAZIR/GETTY IMAGES
<ウクライナでロシアが行ったことを、より狡猾で目立たない形で実行した中国だが、それでもやはり「代償」は支払うことになりそうだ>
世界の注目がウクライナ情勢に集まるなか、国際社会の視野から抜け落ちてしまいそうな問題がある。アジアにおける中国の領土拡張主義だ。とりわけ中国とインドとの国境紛争が続くヒマラヤ山脈で、この2つの大国は既に2年以上にわたり戦時体制を敷いている。激しい軍事衝突の可能性は日増しに高まるばかりだ。
きっかけは2020年5月。春が訪れ、国境地帯への道が開けると、インド側は大変な衝撃を受けた。北部ラダック地方の広範な地域が、中国軍によってひそかに占拠されていたのだ。
これが一連の軍事衝突につながり、45年ぶりに中国兵が戦闘のため死亡。インド軍はヒマラヤ地方に前例のない速さで配備を増強した。
やがて中国軍は一部地域から押し戻され、両国は2カ所の戦闘地域を緩衝地帯とすることに合意。だが他地域ではその後も1年3カ月にわたり、沈静化に向けた進展がほぼなかった。両国の数万人の部隊は事実上の臨戦態勢を保ち、膠着状態に陥っている。
それでも、膠着の陰で事態は進展している。中国は引き続きヒマラヤ地方の勢力図を塗り替えようと、国境地域に624の村落を建設した。南シナ海で要塞のような人工島を造る戦略に似ている。
インドとの国境付近では交戦に備えて、新たなインフラも構築している。最近では、戦略上の要衝であるパンゴン湖を渡る橋を完成させた。さらにブータン国境の係争地にも道路や警備施設を建設。インド最北東部と内陸部を結ぶ回廊地域を俯瞰する、インドの「チキン・ネック(鶏の首)」と呼ばれる弱点を押さえようという狙いだ。
その上で中国は、インドに決断を迫ろうとしている。新しい現実、すなわち中国が一部地域を奪った状態での現状を受け入れるか、それとも中国が有利に展開できる全面戦争に突入するリスクを冒すのか──。
中国は1979年にベトナムを侵略した際の戦略的な過ちから学んだ。現在はあからさまな武力紛争に突入することは避け、領土獲得も含めて戦略的な目標の達成を段階的に進めている。
既に中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は、こうしたサラミ戦略(小さな行動を積み重ね、いつの間にか相手国が領土を失わざるを得ないような戦略)によって南シナ海の地政学的地図を塗り替えてきた。その手法を陸上でも、すなわちインド、ブータン、ネパールに対しても効果的に展開している。