命がけの逃避行...その先でウクライナ難民たちを待っていた「避難生活」の苦難
NO WAY HOME
難民シェルター用に改造されたクラクフ(ポーランド)の旧駅舎で休むウクライナ難民 OMAR MARQUES/GETTY IMAGES
<住む町を追われたウクライナ人は1300万人以上。帰るべき家は既に破壊され、国に戻っても戦闘激化と経済の混乱が待つだけ>
ロシアのウクライナ侵攻で顕著なのは、民間人の被害が大きいことだ。そのため膨大な数のウクライナ人が国内外へと避難している。その多くは二度と故郷に戻れないかもしれない。
国連の調査によれば、難民になった市民は1300万人以上。そのうち約770万人は国内にとどまり、約575万人が国境を越えた。
ロシア軍は当初、電撃作戦によって短期間に戦いを終えようとしたが見事に失敗した。いま双方は、戦闘の長期化に備えている。
ロシア軍の空爆は、既に民間人の居住地域を広い範囲で破壊した。南東部のマリウポリや、首都キーウ(キエフ)近郊の北部の町は、もう人が住めないと思えるほど破壊されている。戦闘が終わるまでには、こうした地域がさらに増えるだろう。ウクライナのドミトロ・クレバ外相も、東部のドンバス地方での今後の戦闘は第2次大戦を思い起こさせるほど激しいものになると予測する。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ウクライナ代表のカロリーナ・ビリングは、キーウから本誌の取材に応じた。彼女によればドネツク、ルハンスク(ルガンスク)、ハルキウ(ハリコフ)、ザポリッジャ(ザポリージャ)の各州では、最も被害の大きい地域の約75%で民間人の住宅が破壊されている。「非常にまずい数字だ。これだけ破壊されれば、市民の帰還を阻む要因になるのは間違いない」と、ビリングは言う。
ドンバス侵攻時に難しさを経験
ウクライナ当局と国内外の支援組織は2014年にロシア軍がドンバス地方に侵攻した後、難民を適切に援助する難しさを既に経験している。「あのときの戦闘は、今回に比べてはるかに小規模だった」と、ビリングは言う。「今回は、これから何年、何十年にもわたって支援が必要であることを認識しなくてはならない」。ビリングは長期的な見通しを示すことを避けたが、14~15年の東部での戦闘で避難した住民は「基本的に帰還を諦めた」と述べた。
ウクライナ西部と国境を接するポーランドは、ウクライナ難民を最も多く受け入れている。その数、約310万人。ポーランドの主要都市当局は、長期にわたって難民が滞在できるよう準備を進めている。
ポーランド南部のクラクフには約15万人のウクライナ難民が滞在していると、市当局はみている。クラクフの人口は76万6000人ほどで、ウクライナ国境からは約200キロ。住民の多くが侵攻前から、何らかの形でウクライナとのつながりを持つ。
「難民の大半は、クラクフに住んでいるか、ここで働いている親族や友人を頼って来ている。受け入れ先がはっきりしない人々については、市で滞在施設を用意した」と、市の広報担当は言う。