最新記事

ウクライナ情勢

ウクライナ・ゼレンスキーの演説を支える「38歳スピーチライター」のスゴさ

2022年5月14日(土)16時10分
大門小百合(だいもん・さゆり) *PRESIDENT Onlineからの転載

演説の最後に、ゼレンスキー大統領は、妻のオレーナさんが視覚障害を持つ子どものためのオーディオブック制作に参加したエピソードを披露した。彼女は日本のおとぎ話の音声を吹き込んだという。この時はおとぎ話の題名は明かされなかったが、「桃太郎」だったそうだ。日本文化への配慮も怠らなかったわけだ。

ギリシャやイスラエルでは演説への批判も

とはいえ、ゼレンスキー大統領の演説が、批判を受けることもある。

ギリシャ議会でウクライナ支援を求めた大統領の演説は、多くの議員に歓迎されたが、同時に映し出された、アゾフ大隊隊員によるビデオメッセージには批判が集まった。アゾフ大隊は、現在は内務省傘下の部隊に編入されているが、元々2014年に極右グループを中心に結成され、ネオナチ思想との関連性が指摘されたこともある、いわくつきの部隊だからだ。

「ギリシャ議会でのネオナチ・アゾフ大隊のメンバーの演説は挑発行為だ。ナチスが国会で発言することはできない」と野党の議員のみならず、与党議員数人も反発した。

ビデオに登場した隊員が、「私たちはギリシャ系ウクライナ人だ」と言っていたことを考えると、彼らを通じてギリシャとのつながりを強調する意図があったのかもしれない。しかし、あまりよい選択ではなかったようだ。

イスラエルでは、ロシアの侵攻をホロコーストになぞらえてウクライナへの支持を訴えたが、「第2次世界大戦中に起きたホロコーストは、何事にも比較されるべきものではない」と一部イスラエルメディアから厳しい批判を受けている。

"忘れられた紛争"にしないために

世界の歴史や各国の利害関係は複雑に絡み合っている。だからこそ、ゼレンスキー大統領の演説はあっぱれだと思う反面、危ういと感じるところもあるのだ。

しかし、大統領の演説行脚はこれからも続くだろう。

先日私がインタビューしたスタンフォード大学フーバー研究所の歴史学者、二アール・ファーガソン氏は、こんなことを言っていた。

「残念ながら、過去の例から見ても、人々は災害などへの興味を失いやすいことが証明されています。(昨年8月にアメリカ軍が撤退した)アフガニスタンを見てください。何週間もの間、アフガニスタンがタリバンの手に落ちたことが一番の話題になっていました。でも、数カ月後の今、ほとんどのアメリカ人はまったく気に留めていません。この戦争が長引けば、ウクライナも同じ運命をたどるかもしれないのです」

ウクライナを"忘れられた"紛争のシリア、アフガニスタン、イラク、ミャンマーにしないためにも、ゼレンスキー大統領の必死の発信には意味がある。世界の人々が関心を持っている間にウクライナの戦争を終わらせなければ、忘れ去られて戦争が延々と続くことにもなりかねない。そんな最悪のシナリオを現実にしてはいけないと強く感じている。

大門小百合(だいもん・さゆり)

ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員
上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg




今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中