最新記事

中国経済

上海ロックダウンで露呈した中国経済のアキレス腱

2022年4月22日(金)08時32分
ジェームズ・パーマー(フォーリン・ポリシー誌副編集長)

中国では比較的最近まで、小売業者と運送業者を結びつける仲介業者が高額の仲介料を取っていた。2010年代に筆者がトラック運送業者に行なった聞き取り調査では、運送業仲間で組合を作り、中抜きで小売業者と契約を結ぼうとしたが、仲介業者に恫喝じみた妨害を受けたとか、仲介業者は小売大手が自前の配送部門を持たないよう圧力をかけているといった話を聞いた。

その後にウーバーのトラック版とも言うべき携帯電話アプリが開発され、2010年代後半にはこの分野に多額のベンチャー資本が流入して、昔ながらの仲介業者は廃業に追い込まれた。

だが新システムはかつての仲介業者に劣らぬほど搾取的だった。2017年に敵対的買収で生まれたトラック配車サービス大手・満幇集団が今では市場の90%超を牛耳り、運転手たちは仕事にありつくために赤字覚悟のダンピング競争を強いられている。

一方、中国の高速料金は世界でも最も高いことで知られる。2020年に中国でコロナ禍が猛威を振るい始めた当初、中国政府は物流を支えるため全土の高速道路と有料道路の通行料を無料にし、運送業者は一息つくことができた。だが無料の期間が終わった途端、破綻寸前に追い込まれていた道路管理会社が損失補填のため料金値上げに踏み切った。

値上げ以前から運送業者は高すぎる通行料に苦しみ、過去20年間デモを行い、ストライキを計画するなど、当局に値下げを訴えてきた。だが労働争議にもすぐ治安部隊が出動する中国とあって、この運動も実を結んでいない。

軍隊が配送を担うか

最近の規制は、弱い立場のトラック運転手をさらに痛めつけている。当局は運転手がウイルスを広げることを恐れて携帯電話のアプリでトラックを追跡しており、中国の独立系メディア・財新の調査によると、トラック運転手は恣意的に拘束されるリスクが普通の人より高い。地方自治体の当局者が高速道路でトラックを止め、管轄地域への進入を拒むこともある。中国当局が一時唱えた「冷凍食品に付着したウイルスが感染を広げる」という陰謀論のために、必要以上に積荷を調べられることもしばしばだ。

トラック運送業者は個人事業主だから、外出制限が課されれば2週間あるいはそれ以上の期間、収入がゼロになる。そのため大半の業者は感染リスクの高い地域への配送を断るか、料金を上乗せしている。そのため、高速道路が比較的空いている。トラックの交通量が減っているのだ。トラック輸送の減少は既に上海の製造業の再開を妨げる大きな要因となっており、今後主要な中継地でロックダウンが起きれば、今以上に生産再開が滞ることになる。今は作物の植え付けシーズンだが、種子は倉庫に眠ったまま、農地に運ばれる日を待っているありさまだ。

長期的には今の危機をきっかけに運送業界の改革が進む可能性もある。だが短期的には、中国政府がゼロコロナ政策を捨てずに物流を維持したいなら、考えられる対策は3つしかない。まず高速料金を再び無料にすること。それがトラック運転手を道路に戻らせるインセンティブになる。

官僚的な手続きに時間がかかるがより高架的なのは、コロナで休業を強いられた運転手を救う補償制度の創設だ。この制度があれば、感染が広がる中でも運転手の生活は保障され、安心して配送を担える。

とはいえ中国政府が打ち出す可能性が最も高いのは3つ目の対策だ。それは、人民解放軍に配送を担わせること。中国政府は2020年に武漢で感染が拡大した時期にこれを採用したが、軍隊が出動すれば市民がパニックになることが分かり、以後はこの方法を控えてきた。だが今の危機の規模からすると、この選択肢も検討せざるを得ないだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、プーチン氏との月内会談示唆 ウクライナ

ビジネス

中国債券、外国投資家の保有が1月に減少=人民銀

ワールド

マスク氏は宇宙関連の政府決定に関与しない=トランプ

ワールド

ECB、在宅勤務制度を2年延長 勤務日の半分出勤
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 2
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「20歳若返る」日常の習慣
  • 3
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防衛隊」を創設...地球にぶつかる確率は?
  • 4
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 7
    祝賀ムードのロシアも、トランプに「見捨てられた」…
  • 8
    ウクライナの永世中立国化が現実的かつ唯一の和平案だ
  • 9
    1月を最後に「戦場から消えた」北朝鮮兵たち...ロシ…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 2
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だった...スーパーエイジャーに学ぶ「長寿体質」
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    【徹底解説】米国際開発庁(USAID)とは? 設立背景…
  • 7
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 8
    イスラム×パンク──社会派コメディ『絶叫パンクス レ…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 9
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中